ピンとこなかった海外、「裏日本」に心酔――旅する人の“視座”を感じる旅行記3冊
■『裏が、幸せ。』(酒井 順子/小学館文庫)
山陰本線、能登、丹後や若狭――東京に生まれ育ち、日本中を旅行してきた著者が衝撃を受けた旅行先は、必ず日本海側だったという。本書では、金沢や出雲大社などの日本海側でもメジャーな観光地だけでなく、鳥取や新潟、富山や秋田など、あまり知られているとはいえない土地の魅力もたっぷりと語られている。さらに、作家・泉鏡花や水上勉の特質、田中角栄の生涯を追うことで、日本海側に住む人々の気質にも迫る。
美しい風景や質の高い小売店が当たり前のように日常に溶け込み、「都道府県幸福度ランキング」では常に上位に食い込む「裏日本」に、著者は「北欧っぽい資質」を見ている。“観光面では、裏日本は東京を目指さなくてもいい”という視座による、「陰や湿度や静寂や人の少なさ」に重点を置いた日本海側の紹介は、派手でない落ち着いた旅を求める人に役立つものとなるだろう。
前情報なしの旅行ももちろん楽しいが、旅先の土地にまつわる雑学や知見は、時に目の前の光景をより色鮮やかにする。そんな旅行の1つの楽しみ方を、感じさせてくれる1冊だ。
■『温泉天国』(アンソロジー/河出書房新社)
アンソロジーの良いところは、多種多様な名文が一冊で楽しめるところ。本書にも、国内に限られるが、近代から現代まで幅広い作家が収められている。混浴で出会った16~17歳の少女の肢体をやたら事細かく綴る太宰治、千人風呂で潜水艦遊び(水面から出した局部に手拭いを投げる)をやったら楽しかろうと夢想する北杜夫――などなど、短いエッセイでもそれぞれの作家らしいエッセンスが詰まっていて、次に読みたい作家を探すのにも適している。また、角田光代や松本英子がユーモアをこめて振り返る「親孝行で母を温泉旅行に連れて行ったら母が口うるさい(けど楽しい)」というエピソードは、女性ならではの共感しやすい一篇かもしれない。読んでから温泉に向かうもよし、旅行中に読むもよし、気楽に楽しめる1冊だ。
(保田夏子)