ピンとこなかった海外、「裏日本」に心酔――旅する人の“視座”を感じる旅行記3冊
――本屋にあまた並ぶ新刊の中から、サイゾーウーマン(サイ女)読者の本棚に入れたい書籍・コミックを紹介します。今月は、遠くても、近くても、どこか旅行に行きたくなる3冊を紹介。
■『こういう旅はもう二度としないだろう』(幻冬舎/銀色夏生)
『こういう旅はもう二度としないだろう』は、子育てがひと段落した銀色夏生が、しばらく行くことのなかった海外旅行に挑戦する紀行エッセイ。約半年の間に怒涛の勢いで、ベトナム、ニュージーランド、スリランカ、インド、イタリアと、5つの団体ツアーにほぼ1人で参加している。
1カ国目、「準備運動」として選ばれたベトナム・ホイアン4泊5日の旅は、3人組グループと、おじさん1人と、著者の5人が参加する小規模なツアー。世界遺産をめぐり、マッサージを受け、旧市街や遺跡を散策する。市街の活気あふれる様子や自然などの描写から、それなりに旅情を感じているように読めたが、帰国後「楽しいことは一つもなかった」と言い切る潔さに、つい笑わされてしまう。楽しんでなかったのかよ! と、思わず突っ込みを入れつつも、団体ツアー特有のマイペースに過ごせないもどかしさや、知らない他人と行動を共にする息苦しさには、共感する人も多いだろう。
そんなベトナムツアーの後も、明らかに個人行動が好きそうなのに「なんとなくおもしろいかもしれない」という理由で、参加者全員が集会所に寝袋持参で雑魚寝するニュージーランドのスピリチュアルなツアーに参加したり、仏教に特別の興味はないのに「カネコさん(添乗員)の感じがよさそう」という理由で、スリランカの仏教美術ツアーに参加したりと、直感でかなりディープなところに突っ込んでいき、「こういう旅はもう二度としないだろう」と収束する。最後のイタリア旅行を除けば、ほぼ「ピンとこなかった旅についての旅行記」という、ちょっと面白くなさそうなテーマにもかかわらず、するすると読めるのは、大げさに褒めたり貶めたりしない著者のニュートラルな視線が、かえって旅先の情緒を際立たせているからだろう。
また、本書は旅行記であると同時に、ツアーに参加した人々の観察記でもある。ディープなテーマを持ったツアーに参加する人は、やはり独特のパーソナリティがある。そんな参加者にも、切れ味のよい観察眼が向けられているが、その視線は品良く、冷静だ。時に、苦手そうに思えた人物との出会いが、最終的には「よい出会いだった」と転がることもあると、思い出させてくれる。
著者にとって、本書でつづられた半年は「家族のためではなく、本当に自分の好きなものを選ぶ」という感覚を取り戻す過程だったのかもしれない。「二度としない旅」を、著者の視線で追体験するうちに、読者自身も自分にはどんな旅が向いているか思いを馳せたくなるだろう。そして、多分「合わない旅」になるとしても、とりあえず実行したくなる。著者も言うように、どんな旅も「もう一度繰り返したくてもできない旅」でもあることは間違いない。