イグ・ノーベル賞、感動的コメディとなった「動物になってみる」男たちの偉業
■『動物になって生きてみた』(著: チャールズ・フォスター/河出書房新社)
『動物になって生きてみた』は、獣医師であり弁護士でもある著者が、「野生動物から世界がどう見えるかを知りたい」という一念で、実際にアナグマ、カワウソ、キツネ、アカシカ、アマツバメと同じように生きようとするノンフィクション。とにかく軽い筆致の『ヤギ~』とくらべると文体は硬質だが、こちらも面白味では引けをとらない。
真剣に動物の生活を実践するという点では、『ヤギ~』と重なるところもある『動物になって生きてみた』だが、動物と同じスペックを装備しようとする『ヤギ~』に対して、素の人間でできる範囲で動物の生態をマネる、という手法を採っている。
加えて『ヤギ~』は、専門家と著者の丁々発止のやりとりを、「ツッコミ」のように機能させることで、読者は「この人のやってること変だよね」と、ある意味安心して読むことができたが、『動物に~』の著者は、そういった点には全く頓着していない。一貫して冷静に、当たり前のように、街路樹の茂みを這って警察に職務質問されたり、四足歩行で走って近所の女性に心配されたりする。土の中でミミズを食べながら何週間も過ごし、シカとして猟犬に追われ、ツバメを知るために木に登って幼虫を口に入れ、12月に川の中を移動して凍えた自分に落ち込んだりしているのだ。
著者は、変な行動をアピールしたいわけではなく、ただ純粋に研究しているので、そこに“ツッコミ”は必要ない。が、どうしてもおかしさがあふれてしまう。ついつい著者にツッコみながら読み進めることになる人も多いだろう。
しかし、本書が最も強くインパクトを残しているのは、「野生動物が感じている(かもしれない)世界」の描写だ。キツネが知覚している「一瞬で100年を見渡す」世界、アマツバメが知覚する「水あめのような」世界。動物と行動を共にした経験と生理学の知識を併せ持った著者にしか書けない、想像を超えた不思議な景色が、豊かな筆力で、まるでファンタジー小説のように鮮やかに立ち上がってくる。
彼がのぞいている豊潤な世界を垣間見れば、理解し難かった一見変な行動も、もうおかしくは見えなくなってしまう。そしてなにより、あらゆる動物を、読書前とは違う敬意と親近感をもって見てしまうことになる。読む前の感覚には戻れなくなるかもしれないが、それでもぜひ「動物が感じている世界」の一端を本書で堪能してほしい。
(保田夏子)