カルチャー
漫画家・鳥飼茜インタビュー

「男はもう救いようがないと思ってる」漫画家・鳥飼茜に聞いた、“女と男”を描くワケ

2017/12/03 19:00

――女性にとって男は敵なんでしょうか。

鳥飼 私の場合恋愛って、いつも最終的には、勝手に女軍vs男軍みたいになるんですよ。家庭や育ってきた環境の中とかで男と折り合いをつけてきた経験がないと、いつも「なぜだ?」ってなっちゃうんですよね。理屈じゃない部分がどうしてもわからなくなる。そういうときに、女が身を引いた方がトクだと経験則から気づいても納得できず 、自分の体の中に「なんで私が引かなきゃいけないの?」とか、「なんでそういうところに薄着で行った女が悪いって言われなきゃいけないの?」とか、そういう「なんで?」に、いつまでも折り合いがつけられなくなる。そうすると男の人が生まれ育った文化とか、家族とか、全部ひっくるめて否定するようになっていくから、「だって俺はこういうふうに生きてきたんだもん」という相手男性に対して、女軍vs男軍って構図になっちゃうんですよね。どうやったら戦争じゃなくなるんだろうっていうのは、いつも思います。

――休戦状態を続けること、ですかねえ……。

鳥飼 その休戦状態を続けるために、男の人をどうやってそこに持ち込むかっていうと、お互いに満足している状態というか、ストレスのない状態を続けることに尽きるんですよね。ほんとにそれしか答えがなくて、どんなに満たされた人にも、やっぱり男女間の歪みってあるから、絶対戦争になるんですよ。どうしても、そういう消極的な方法になっちゃうのかなあ。終戦はしないですよね。

――私の場合は子どもができて休戦状態が安定しました。

鳥飼 子どもができて、より戦争が悪化する場合もありますからね。私がそうでしたけど。なぜ女ばかりがこんな仕事しなければならないのか、って気持ちに簡単になりますから。特に子どもを持つ女の人は、「お前は女である」ってことを世の中から強いられまくるんですよ。性に縛られず、自由に生きてきたつもりだったけど、自分はまったく女性なんだって。そういうときにお互いが休戦するしかないっていうのは、処方箋としてはもうそれしかない。

 Twitterでも情報を発信している鳥飼だが( @torikaiakane )、エゴサーチで自著の感想を拾い読んだりすることも多いそうだ。しかし曖昧模糊とした「感想」に振り回されるのではなく、本質的なところでなにが原因だったのかを探る。

――先ほどちょっとお話がありましたが、エゴサーチ、けっこうなさるんですね。

鳥飼 いまだにします……。こうやって本が出たらなおのことです。仕事の手は止めませんよ(笑)。凹んだりすることもありますけど、凹むまで叩かれるほどは売れてもいないですから。嫌な気分にはなりますね。「自分的にはわからなかった」とか、それはそうでしょうね、別のものを期待していたならそうでしょうね、っていう。

――創作に反映したりしますか?

鳥飼 生かしますね。『おはようおかえり』(講談社)のときも、最後に主人公の一保がいきなり違う女と一緒になっていたことに対して、散々言われましたよ。私はめっちゃくちゃいいと思っていたのに。古谷実先生の『シガテラ』(同)の終わり方がすごい好きで、あれに完全にかぶらせたんですけど。こんなにも思いを込めて付き合った人と、どこかで別れが来て、同じくらい好きな人がいきなり現れる、っていうのが、それこそが人間の姿だと思ったから。でも、やっぱりそれに納得いかない人がいて、そういう人もいるんだな、とそのときは思ったけど、だけどずっと気にしてきて、そしたら納得いかないというのは、もしかしたらキャラクターの気持ちの変遷を見たかったのかもしれないな、って気づいて。心変わりは基本的に許せないんでしょうけど、でもそれより前に、なにがあったのかっていうのをもっと見せなきゃいけなかったんだな、とか、思うところはあります。

――『おんなのいえ』もそうでしたが、鳥飼作品の「そして人生はつづく」的な終わり方がとても好きです。

鳥飼 マンガが終わっても人生は終わらないから。でも、マンガが終わったときの感じって寂しいじゃないですか。もう一個の世界が終わっちゃった。それはどこか現実と同列で描いてるような気があるので、スムーズにランディングさせたいというのはありますかね。

 鳥飼作品においては例えば両思いになってめでてたしめでたし、といったわかりやすい結末はない。かといって後味の悪いバッドエンドでもない。ただ淡々と続く日常を、これからもその中を過ごしていく人間の姿を、もう大丈夫だろうというところまで描いたら、そっと手を放すのだ。

――少なくとも少女マンガ的なセオリーからは外れていますよね。

鳥飼 少女マンガである、という感覚が、私にはないんですよね。でも女性のマンガ家で、女性を描くと、少女マンガ家ってつけられるのね。「少女マンガ家が初の青年誌連載!」とか、いまだにキャッチで書かれるのは、そもそも「初」ではないし(笑)、そこで「少女マンガ」っていうものに期待されているものっていうか、なんで人は「少女マンガ」って名前つけたがるんだろう、って、不思議に思います。女の生き方を描いてるのであって、少女の生き方は描いてないんですよ。

――センセーショナルな効果があるんですかね?

鳥飼 惰性でつけているだけでしょうけど、「ふんっ」て思うときがあるんですよ。最初は「別冊フレンド」でデビューしたから、そのときは仕方ないとしても、いま少女マンガ描いてるなって思うのは「Maybe!」(小学館)の『前略、前進の君』くらい。世の中の「少女マンガ」の定義ってどういうことなんですかね?

――さまざまな定義がありますが、例えば初恋の物語ですね。初恋が成就してめでたしめでたしとなるまでの物語。

鳥飼 実際はそんなことなくて、その後、何ターンもやりますよね(笑)。今の王道の少女マンガも昔と大して変わっていないんですか? 基本的に少女マンガの女の子って受け身のイメージですけど、そこはあんまり変わらない?

――いや、変わってます。能動的な女性像も数多く描かれています。

鳥飼 だったら描けるかもしれない(笑)。どうだろう、描いてみようかな(笑)。担当編集陣が「また鳥飼さんが無謀な仕事を! こっちにしわ寄せが!」みたいなこと言いそう。

――以前に「なかよし」(講談社)で安野モヨコ先生も描いていらっしゃったこともあるのでぜひ!

鳥飼 『シュガシュガルーン』(講談社)! あれはよかったですよね。ああいうところであれをやったのは意味がある。

――やはり安野先生はお好きですか?

鳥飼 好きでしたし、最近『ハッピー・マニア』(祥伝社)の続編(『後ハッピーマニア』)が始まって、これはやばいと思って、読む前に全巻揃え直したんですよ。私、あの本自体が大好きなんです。カバーの背景に強い色がバシッとあって、扉には鉛筆描きの絵があって。ほんと好き。読み直したらむちゃくちゃおもしろかったです。

 『ハッピー・マニア』の続編となる『後ハッピーマニア』は「フィール・ヤング」2017年8月号(祥伝社)に掲載され、あまりの反響に翌月の9月号にも再掲載された。公式のアナウンスでは来年にもつづきが描かれる予定だ。45歳になった主人公・シゲタが、5年間絶交していたという親友・フクちゃんのもとを訪れ、唐突に夫婦の危機を告白し始めるというストーリー。全員が順調に加齢していて感慨深い。

――具体的にはどういうところがお好きなんですか。

鳥飼 言葉のバリエーションがすごいですよね。あと安野先生は、逆に少年マンガみたいなところがあるんですよ。恋愛マンガなのにプロレスみたいなんです。構図がこう、下からのアングルになっ てて、タカハシにシゲタがワザを決めてドーン! みたいな(笑)。いま見てもむちゃくちゃかっこいい。

――新作、すごいおもしろかったですよね。

鳥飼 『後ハッピーマニア』がものすごくスムーズにランディングっていうか、シゲタそのままか! フクちゃんもそのままか! っていう、あの時のテンションですぐにすっと描けるっていうのは、なんだろうかと思いますね。私はその前に、『東京ラブストーリー』(小学館)の続編(『東京ラブストーリー After 25 years』小学館)を読んで、実はちょっと物足りなかったんですよ。元の作品がめちゃくちゃおもしろかったから。ちょっとファンタジーだなって思っちゃった。なんかいい感じにしてんな~って。もっと本物の中年ください! って(笑)。

――『後ハッピーマニア』は、しわしわ感がすごかったですよね。

鳥飼 中年感がすげえなと。ヒデキが超しわしわになったり。タカハシが浮気したら本気なんだなーとか。この女にはかなわない! シゲタには絶対勝てない人! 『ハッピー・マニア』の話が止まらない(笑)。しかも続きが来年! 安野先生、ちっとも丸くなってないんだな。作家としての地面が固い! 地盤がいい! 土地が高い(笑)!

――鳥飼先生も地盤は固いですよ!

鳥飼 脆弱ですよ……地滑り起こしますよ……。『先生の白い嘘』が終わったころ、けっこう鬱になっちゃったんですよね。なんでかなあって振り返ると、『先生の白い嘘』が終わったのがデカかったのに、それに気づかなかったんですよね。自分の幹みたいなものがなくなったんじゃないかと怖くなったのに、それを「怖い」って自覚する前に、体と心に出たんじゃないですかね。そのときは理由はわからなかったけど、たぶんいま思うとそうなんです。

――作品ごとに絵がけっこう変わりますよね。

鳥飼 いいんですかね? 追っかけてる方からするとがっかりみたいなのがあるのかなって思いますけど。

――たとえば、くらもちふさこ先生もころころ絵が変わりますけど、「絵柄を変えるっていうより、毎回どうしたらうまくなるんだろうっていつもいじってて、そうしたら気づくと変わってるんです。現状に満足してないんですよ」とインタビューでおっしゃっていました。

鳥飼 すっげーわかる! くらもち先生の絵は本当に変わるし、私はくらもち先生がああやってるからいいんだ、みたいなところがあります。『先生の白い嘘』では最後の方まで絵が、ほんとイヤだったんです。なんでこんなにデッサンに囚われなきゃいけないんだって。学校でやってきちゃってるから、そこまでデッサンからはずれたものは描けないんですよ。呪いみたいなものがあって、そこからどれだけ自由になれるかって考えたときに、くらもち先生がクロッキーみたいな絵を描くじゃないですか。ああ、これでいいんだ、って。あれは手の可動域が広いんですよ。だからどこまでが正解の線か、って範囲が広いんです。たぶん描いてて気持ちいいんじゃないかなって。ああいうふうになりたいんです。

――『鳥飼茜の地獄でガールズトーク』(祥伝社)では文章もお書きになっていますが、マンガに限らず表現していきたいという欲望はありますか?

鳥飼 曖昧にしておきます(笑)。書けたらいいなって思いますけどね。私は絵もすぐに変えるたちだし、なんでも変えたがるから、それが吉と出るか凶と出るかはわからないんですけど、マンガに限るとも思っていないし、具体的にあれしたいこれしたいってのはないんですが、言いたいことはあるでしょうから、それに見合った形をどんどん新しい作品でできたらいいなって思います。もちろんマンガも描きますので読んでください(笑)。

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 「SPA!」に連載中の『ロマンス暴風域』は次巻で完結予定。「ダ・ヴィンチ」で不定期連載中の『マンダリン・ジプシーキャットの籠城』は、女だけの架空の国を描いたファンタジー作品。未踏の領域を見つけては、躊躇なく踏み込んでいくその姿は、まさに現代を代表する作家にふさわしい。描きながら考え、考えながら描く。その作品にどうか注目してほしい。
(小田真琴)

最終更新:2017/12/05 14:09
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