カルチャー
『出版メディアと「アイドル」』レポート

光GENJI~SMAP解散以降、アイドル誌の「役割」を語る――失われる“特権”とは?

2017/10/21 19:00
『「アイドル」のメディア史−−−『明星』とヤングの70年代』(森話社)

 先日、大阪市西区で、日本出版学会関西部会による「出版メディアと『アイドル』:1980年代以降の動向を中心に」というテーマのワークショップが行われた。登壇したのは2017年3月に『「アイドル」のメディア史  『明星』とヤングの70年代』(森話社)を上梓した同志社大学メディア学博士の田島悠来さん。アイドルを中心に、日本のポピュラーカルチャーをメディアやジェンダーの視点から研究する人物だ。本書では、70年代の「明星」(集英社)においてアイドルはどのようにシンボル化されてゆき、読者はそれらをどのようにして受容していたのか、グラビアページや読者ページの分析などさまざまな面から論じている。

 さらに、平凡出版株式会社(現・株式会社マガジンハウス)で雑誌編集者や編集長、さらに広告、インターネットなど出版業界で30年近く活躍した江戸川大学教授・清水一彦さんも登壇。いわば“出版メディアの当事者”だ。

 「明星」が「Myojo」に誌名変更して刊行を続ける一方で、同じくアイドル誌の「平凡」(平凡出版)は87年に休刊。その理由を田島さんがひもといていく。ワークショップは、まず田島さんが研究報告を行い、その後に清水さんや出席者によるトークセッションを持つ形で進行。インターネット、SNSの台頭により、かつての勢いを失い、休刊が相次ぐ雑誌が多い今、アイドル誌が今後生き残る道を探っていく。

 80年代、光GENJIの爆発的人気でアイドル誌が得たもの

 松田聖子や“花の82年組”と呼ばれた中森明菜、小泉今日子、松本伊代、堀ちえみ、早見優、さらに男性アイドルではたのきんトリオ(近藤真彦・田原俊彦・野村義男)、シブがき隊や少年隊などジャニーズが人気を博した1980年代。

 それと同時に、アイドル誌も最盛期を迎える。歴史ある「明星」や「平凡」は売り上げを伸ばし、「BOMB!」「Momoco」(共に学研)、「DUNK」(集英社)といった女性アイドルを扱う“男子向け”アイドル誌、そして男性アイドルを取り上げる“女子向け”アイドル誌、「POTATO」(学研)「Duet」(集英社→ホーム社)「WiNK UP」(ワニブックス社)といったアイドル誌が相次いで創刊。特に“女子向け”アイドル誌は、87年にデビューした光GENJIが爆発的人気を得たことにより急成長を遂げる。

 読者の性別ごとにカテゴライズされた状況について、田島さんは次のような見解を示す。

「“男子向け”“女子向け”に共通していることは、異性との関係を追求する媒体になっていったということ。これまでの『明星』や『平凡』は、男女分け隔てなく親しまれてきましたが、1980年代に創刊したアイドル誌は、ジェンダーとしてセグメント化されて受容されていきます。例えば“女子向け”は、ジャニーズのマニアックなファン、のちに“オタク”と呼ばれるファンに親しまれる雑誌に変貌。マクロな視点でいうと、これまでアイドル文化が持っていたポピュラーで大衆的なものが解体してゆき、若者文化と一概に言えないようなサブカルチャー的な要素が濃くなるプロセスでもあったと見ることができるのではないでしょうか」

 そんな中、87年12月に「平凡」が休刊。当時を知る清水さんは、「休刊になる時も黒字だったし、数十万部という考えられないほど多くの部数が出ていた」と話すように、好調だったにもかかわらず休刊を決めた「平凡」。その背景には一体、何があったのか?「当時、社長だった清水達夫さんは、休刊を決意した理由を『平凡がその役割を終えたから』というふうに話されています。詳しく見ていくと、『平凡』は“スター”を中心にした雑誌であり、“タレント”のための雑誌ではないということのようです」と田島さん。

 59年に創刊して以降、石原裕次郎、美空ひばりといった、時代を築いた国民的スターを取り上げてきた「平凡」。スターはそこにいるだけで輝いている存在であるのに対し、タレントは特定のテレビ番組やドラマに出ている瞬間だけ輝いているという違いから、「清水社長の中では、明確に“スター”と“タレント”は区別されるものとしてあったようです」と話す。

 70年台~現代、アイドル誌の役割の変遷

田島悠来氏

 87年に鮮烈なデビューを果たした光GENJIだが、人気は長く続かず、凋落とともに“女子向け”アイドル誌の人気自体も沈静化。また、80年代に人気を博した『ザ・ベストテン』(TBS系)『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)といった歌番組も80年代末から90年代初頭にかけて相次いで姿を消し、アイドルは冬の時代を迎える。

 この時期の女性アイドルについて、田島さんは「アイドル=歌手というわけではない、ジャンルレスな部分が浸透していった時期」と話す。「1つの例として、グラビアアイドルの全盛期も90年代。“男子向け”アイドル誌は90年代前半に相次いで休刊しますが、『BOMB!』はグラビアアイドルに特化した誌面作りを展開。女性の体に眼差しを向けることで、男性読者の性的な欲望をかき立てていくという方向に転換していきます」

 かたや男性アイドルは、SMAPやTOKIO、KinKi Kids、V6、嵐が相次いでデビュー。“女子向け”アイドル誌は、90年代中盤からジャニーズに特化した誌面作りを行い、“ジャニーズ専門誌”の色合いを強めていく。

 こうした状況で、田島さんはアイドル誌の“役割”について着目する。

「70年代のアイドル誌『明星』は、アイドルの等身大の姿を見せるためなら、たとえプライバシーに触れることであっても、それが読者の知りたい情報ならば“公開する”というスタンスでした。しかし1990年代からアイドルの情報を“守る”媒体へと変化していきます」

 それを表す事例として、「Myojo」96年12月号の編集後記の文章を引用。「要約すると、『最近ジャニーズのプライバシーを暴露するような本が相次いで出版されているが、そのような情報を真に受けてファンらしからぬ行動を取ってしまう人たちが目に余ります。本当のジャニーズファミリーのファンの皆さんなら、控えてください』というようなことが書かれています。アイドル誌の役割は、アイドルのプライバシーを“守る”もの、という変化が現れているのではないかと思います」(田島氏)。

 さらに90年代後半から2000年においてのメディアの変化を語る上で欠かせないのは、インターネットの存在。

 99年に電子掲示板「2ちゃんねる」が開設されたことにより、アイドルを話題にしてコミュニケーションを取るファンが可視化されるようになった。「特にモーニング娘。については、早い段階で板が立っていました」と田島さん。“男子向け”アイドル誌が持っていた役割がネット媒体に移行したことで、女性アイドルをめぐるファンのコミュニケーションはネットが中心となっていく。

 かたや“女子向け”アイドル誌は、ジャニーズ事務所が現在も権利の問題でインターネット上にメンバーの顔写真を公開されることを制限していることもあり、“女子向け”アイドル誌がジャニーズの情報を公開する権利が守られ、その利権によってネット媒体にシェアを奪われることなく今もなお熱狂的なジャニーズファンを確保することができているのではないかと話す。

 現在、アイドル誌の特権は「無効化」している

清水一彦氏

 10年以降になると、女性アイドルはアイドル戦国時代に突入。05年に誕生したAKB48は、10年以降に本格的にブレーク。スターダストプロモーションのももいろクローバーZなど、各芸能プロダクションがこぞって“アイドル”という芸能ジャンルに参戦する。メディアを取り巻く状況も変化を遂げ、ブログ、Twitter、Instagram、YouTubeなどを活用し、アイドル自身がみずから画像をアップしたり、自分の言葉で発言することが増加。また、AKB48グループのコンセプト「会いに行けるアイドル」に代表されるように、ファンと握手会などで対面的なコミュニケーションを取ることができる場も増えている。

 こういう状況に「マスメディアが持つ特権性が、無効化している状況に加速がかかっているのが現状」と田島さん。

 そんな中、田島さんが出版メディアとアイドルとの新しい関係性として提示できるのではと考えているのが、「ご当地ブーム」。「例えば、03年にデビューした新潟のご当地アイドルグループ・Negicco(ねぎっこ)は、地元の新聞社が発行しているローカルペーパー『おむす便』の中で、新潟の魅力を発信していくことで、観光促進のアイコンとなっています。ご当地アイドルはもともと地域密着型の活動を行っていることから、ローカル情報との結びつきという点で相性がいい。それが出版メディアの新しい可能性になるのでは」と語る。

 また、現在の“女子向け”アイドル誌が担っている役割は、「ジャニーズファンの疑似恋愛の場では」との見解。

「男性メンバー同士の仲のよさを、仲間としてホモソーシャリティだけではなく、ときにそれがホモセクシャリティを連想させるものとして楽しんでいく目線が導入されているのではないかと思います。その背景の1つにはBL(ボーイズラブ)があり、そういった見方をジャニオタの皆さんもするようになってきているのではないかと考えています」(田島氏)

 こうした状況を考えると、“女子向け”アイドル誌はこれからも確固たるシェアを保ち続けられるような気もするが、田島さんの見方は少し違うようだ。「これまで絶対的な存在として君臨していたジャニーズ事務所が、SMAPの騒動で見られるように徐々に特権性のような部分が変化しているのではないかと見ています。そう考えると、“女子向け”アイドル誌の存続が危ぶまれるのではないか」。

 では、今後のアイドル誌はどうなっていくのか。清水さんが、興味深い話を教えてくれた。

「実は、02年に発売された嵐の最初の写真集(『in a rush!』)は、僕が『POPEYE』編集部で編集長をやっていたときに話が来たんです。これから嵐を売り出そうという時に、男性誌が嵐の写真集を作った。当時の僕としては、難しいことは考えずに『どうやったら一番売れるかな』としか考えていませんでしたが、今になって後付けで考えると、ジャニーズのそういった感覚は『将来は、ジェンダーフリーになっていくのではないか』という戦略の1つだったのかもしれません」

 今後も大きく変化していくであろう、出版メディアとアイドルのつながり。アイドル誌が長らく所有していた“特権”が効力をなさなくなりつつある現在、新たな切り口のアイドル誌の誕生も近いのかもしれない。

最終更新:2017/10/21 19:00
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