「ちゃんとした料理を作らなきゃ」「ていねいに暮らさなきゃ」、“料理”に自分で呪いをかけてない?
■『男と女の台所』(大平一枝、平凡社)
『男と女の台所』は、『ダメ女~』の段階を越えて、食と自分との“心地よい場所”を見つけ出している人々の半生と、19の台所を静かに写し出した1冊だ。
有名無名問わず、料理や食、生き方に哲学を持つ人々のインタビューと共にその「台所」を写真に収めた本書。撮影された台所は、完璧に整えられたモデルルームにあるキッチンとは違う、それぞれの魅力であふれている。54年間連れ添う団地暮らしの夫婦の台所、人気ブロガー女性の台所、40代女性と20代男性のカップルの台所、3人の子どもを育てるシングルマザーの台所、路上生活する夫婦の台所、同性カップルの台所――取材された人も、台所の広さも新しさもまちまちだが、それぞれ自分にしか送れない確かな生活の佇まいをバリエーション豊かにのぞかせる。
持ち主の顔が映った写真はなく、台所に立つ後ろ姿がほとんど。しかし、料理経験や台所をきっかけに語られる、恋愛や夫婦関係についてのインタビューが、その人の飾らない人となりを描き出す。
離婚後、何を食べてもおいしいと思えず、料理も作らなくなった女性が回復するまでを語ったり、義母の手を借り、働きながら育児をこなしたシングルマザーが「上手に迷惑をかけて、助け合う方がお互い楽になれる」と語ったり――。料理や台所の話をしているはずなのに、不思議とそこには、倦んでしまいがちな中年期・老年期をしなやかに生きるヒントが詰まっている。
特に印象深く描かれているエピソードは、共働き家庭で2児を育てる40代の女性を取材した一篇「ていねいになんて暮らせない」。仕事に家事に育児に多忙の中、「ていねいにできない自分をせめずにはいられな」かった女性が、夫の作る簡単な朝食やおにぎりをきっかけに「人それぞれ持って生まれた性質があって、自分に合った方法でいい」と気づき、「ていねいに暮らさない自分」に罪悪感を持たないと割り切る決心を描く。バブル崩壊後、特定の世代に根強くかけられている、“ていねいな暮らし”という呪いから解いてくれる短編小説のような読後感を残す。
台所から生まれるものは、おいしい料理や笑顔だけではない。思うようにいかない苦しい日々も、泣きながら作ったおいしくない料理もすべて呑み込んで、地道に生活を続けるための場所だ。新生活に戸惑い悩む人たちにとっても、台所が苦手な場所でなく、ゆっくりと大切な居場所になることを祈りたい。
(保田夏子)