美しすぎる少女が、初めて異性に体を差し出す瞬間――その「痛々しさ」と「神々しさ」
女が自分の体を“女の武器”として使うことは、ほとんどない気がする。自分自身の体を代償にして、何かを得ようとすることは女としてのプライドが許さない……というわけではなく、自分の“武器”にはさほど価値がないと卑下している女性も少なくないと思うからだ。恥をかき捨てて自分の体を売ろうとしたところで、相手に断れてしまったら、決死の想いはズタズタに切り裂かれてしまうだろう。女にとってこれ以上恥ずかしいことはない。
だからこそ、女が“女の武器”を使うのは、“必死”な時だ。恥も外聞もなく自分自身を捧げるほど窮地に立たされる――それほど崖っぷちな瞬間は、果たして一生のうちに存在するだろうか。
今回ご紹介する『春狂い』(幻冬舎)は、1人の美しい少女を軸とした6章で構成されている短編集である。少女に惹かれ翻弄される男の話や、死んだ少女が恋人の女性に憑依する教師の話などの中、「少女の短い一生の一部分を切り取った」第4章の物語が非常に印象深い。
一般的な容姿を持つ両親から生まれたこの少女は、幼い頃から異様なほど美しかった。子ども特有の“可愛らしい”という外見ではなく、大人たちを翻弄させ、困惑させるほどの美しい容姿をしていた。保育士の女たちは彼女を気味悪がり、学生になると周囲の生徒からあらゆる方法で虐めに遭った。教科書や体操服は焼却炉に捨てられるだけでなく、男子生徒に縦笛を何度も盗まれるなど、性の標的とされるようになる。それは実の父親も同様で、一緒に風呂に入る時、彼女は常に恥部などを触られ続けていた。母親の勧めで女子校へ転校するも、少女の存在がきっかけで教師同士の殺人事件が起きてしまい、再び公立の共学校に転校、そこでもいじめられることになる。
そんな中、彼女を守る1人の少年が現れた。その少年もまた美しい容姿を持ち、兄から性的虐待を受け、学校内でもいじめを受けており、2人は同じ境遇から心を通わせることになる。
美しすぎる容姿のために好奇の目にさらされ、性のハケ口にされてきた少年と少女だが、2人でいるときにはキスすらしなかった。2人は何度か家出をし、何泊も共に過ごすものの、セックスをせずにただ抱き合って眠る。そうすることで、セックスをするよりもはるかに深く通じ合い、一体感を得られたのであった。
2人だけの空間は安住の地であったが、やがてある事件が起き、少年は永遠に少女のもとから去ってしまう。幼い頃から一方的に性の対象にされてきた少女が、再びひとりぼっちになったとき、彼女は、自分自身で身を守らざるを得なくなってしまった。そのため、初めて異性に対して“女の武器”を使うようになるのだが……。
少女が異性に対して体を差し出そうとするシーンは、読んでいて胸がヒリヒリするほどたくましく勇敢だった。それは、今まで少女が「死にたい」とまで感じるほど否定し続けてきた“人の性欲をかきたてる存在である自分自身”を、初めて肯定した瞬間だったからである。そんな少女の姿を想像すると、この世のものとは思えないほど美しく神々しいように感じる。
まだ分別のつかない若者たちのエロスは、時として非常に残酷でグロテスクなものである。小説の中だからこそ描写できる少女の痛々しいエロスが、この物語の魅力になっている。
(いしいのりえ)