カルチャー
[官能小説レビュー]

「元夫を騙して妊娠」「出会い系で男遊び」田舎町の工場で熟成される“女の秘密”のいやらしさ

2017/03/13 19:05
『わたつみ』(中央公論新社)

 今回ご紹介する『わたつみ』(中央公論新社)は、日本海に面した京都の田舎町が舞台の物語である。ちくわなどの練り物製造工場である「わたつみ」には大勢の女性が働いており、主人公の京子も、30歳をすぎて東京からこの故郷に戻り、ここに勤めるようになった。

 狭い田舎町ではウワサ話が一番の娯楽である。京子が「東京から出戻って来た」という話はすぐに広まった。彼女は、東京で映画製作をしていたが、とある男に騙されて多額の借金を背負い、故郷に逃げてきたのだ。

 この工場で働く女たちの多くは、仕事と自宅を往復するだけの日々を送っている。人のウワサだけを唯一の楽しみとしている住人たちの目を気にして、窒息しそうになりながらも、それぞれが“生きるため”の快楽を手に入れようと必死でもがいているのだ。

 一見、平凡で無個性な彼女たちだが、その多くは「わけあり」で、一皮剥けばグロテスクなほどの生々しさを露呈する。シングルマザーである元ヤンキーの美津香は、人目を偲んで元夫との逢瀬を繰り返している。元夫が、この街の住人ではない、若く愛らしい女性を後妻に迎えたことに嫉妬し、安全日だと嘘をついて元夫の子を妊娠した。

 東京で知り合った一回り年上の男性と結婚をしたくるみは、「星空フレンド」というオーガニックカフェを夫婦で営んでいるが、自然素材にこだわりながらも、店は閑古鳥が鳴いており、くるみが工場で働かなければ生計が立たない。そんな夫との暮らしに辟易し、こっそりジャンクフードを食べている。ほかにも「わたつみ」には、処女だが密かにローターで遊ぶ女、不倫をしている女、夫とのセックスがない寂しさを紛らわせるために出会い系を使って知らない男と寝る女もいる。

 彼女たちはそれぞれに秘密を抱えながらも決して口には出さず、また、自分と同じように秘密を持つ女を嗅ぎ分ける才能に長けている。本作は京子の話を主軸として、複数の女たちの生臭い物語を淡々と綴っているのだ。

 終始、女たちの好奇の視線が交錯する本作は、ページを進めるごとに息苦しさを覚えるが、同時に女の妖しい艶かしさや官能を感じる。その際たる理由は、彼女たちが自らの“性”を秘密にしている点だと筆者は考える。“子を産むためではないセックスを欲しがる”という、ある意味動物としては無意味な性欲を持て余し、密かに翻弄される様子は、同性の視点からでも、とてもいやらしく感じるのだ。

 ストレートなセックス描写こそ少ないが、この1冊に染み渡る女たちの“欲”は、「わたつみ」という閉鎖的な空間で熟成され、何にも変えがたいほどにいやらしく匂い立つ。子宮の奥がくすぶるような、むず痒い女の性を感じさせる1冊である。
(いしいのりえ)

最終更新:2017/03/13 19:05
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