「年を取っていても、可愛いさや恥じらい、品位はほしい」80歳女性が家出する漫画で描きたかったこと
現在、日本は世界に先駆けて超高齢社会に突入している。かつては家族の支えによって人生を全うできたものだが、昨今の少子化や核家族化によって、年老いて独りぼっちの生活を強いられる高齢者が少なからず存在する。それゆえ、“高齢者の文脈”を物語るときは、悲しさや苦しさが強調されがちだ。
しかし、御年80歳でひ孫もいる女性が主人公の漫画『傘寿まり子』(講談社)は違う。高齢者の“希望”を感じ取れる物語だ。主人公・幸田まり子は80歳にして、ベテラン作家として活躍中。息子夫婦、孫夫婦と3世帯で暮らすなかで、住居問題が勃発、老人の自分には居場所がないことを感じ、一人家出を決意する――という一見すると切なそうなストーリーなのだが、恋もすれば、ネットカフェにも泊まる、まり子の、いきいきとした姿が描かれている。
著者は、父親の過酷なシベリア抑留体験を描いた『凍りの掌』(同)、太平洋戦争末期を生き抜く少女の暮らしから戦争を見つめる『あとかたの街』(同)の両作品で、第44回日本漫画家協会賞コミック部門大賞を受賞した、おざわゆきさん。戦争というテーマを通して、人間の不条理さをあぶり出してきたおざわさんが、なぜいま80歳の女性を描こうと思ったのか、その背景を聞いた。
■年を取るのは、もう自分が中心には戻れないということ
「母が高齢に差し掛かり、自分より上の年代の人を身近に感じるようになりました。皆さん、とても元気なので、華やかな部分をクローズアップしたら面白いんじゃないかなと思ったんです。作品を描く上で、現実に起こったことを描こうとすると、どうしても読者に問題を提起しがちなのですが、そうではなく、もう少し思考を先に進めて、『そんな人見たことない、でも、いるかもしれない』というような物語を描きたいなと思いました」 (おざわさん、以下同)
綿密な取材をもとに描写した作品が評価されてきたおざわさんだが、『傘寿まり子』を手掛けるにあたっては、これまでとは少し異なるアプローチをしたという。
「ニュースで高齢者の金銭問題、子どもとの関係などは積極的に見ましたが、取材はあまりしていません。そうしたトピックはあくまでもエッセンスでしかなく、80歳の女性が家出をして、新しい暮らしを始めて、猫のクロちゃんと出会い、希望を見いだす、これまで挑戦したことがないテーマを創作してみたい一心で描きましたね」
自分のことを気にかけてくれる家族とひとつ屋根の下に住んでいても、孤独感を拭い去れずにいたまり子。そこに追い打ちをかけるように持ち上がった家の建て替え問題。自分(まり子)の部屋をどうするか、家族が頭を悩ませている姿は、当事者だけではなく、高齢の親を抱える家族の視点に立って共感させられる人も多いのではないだろうか。
「まり子さんは『おばあちゃんの部屋がない』という感じで扱われて、やっぱりずっと自分が親として中心にいたところから、だんだんとズレてきてしまっているんだな……と実感してしまいます。“もういらない人”になってしまう。年を取るということは、結局、もう現役に戻ることはできないということなんですね。自分が中心に戻ることはできない。でもそこで『人間をやめます』と言ってやめることもできない。そこでどう折り合いをつけていくかっていうところですよね。そこが一番の問題ではないでしょうか」