“挿入しなかった昔の女”に思いを募らせる――女流官能小説家が描く“身勝手な男”の深層
男と女が、いざセックスのシチュエーションになってはみたものの、男性側の都合で最後まで至らなかった場合、女性はこれ以上ないほどのストレスを感じるのではないだろうか。
男は肉体的に感じれば、どんなシチュエーションでもイケると誤解されがちだが、実はそうでもない。男も女と同じようにメンタルが性欲と直結している部分があるし、相手を大事に思えば思うほど、射精まで致らないとも聞く。
今回ご紹介する藍川京氏の「花言葉』(『契り』収録、双葉社)は、津山という男性の視点で綴られている作品だ。
津山が33歳のときに恋をしたのは、25歳の朝香。コンビニの入り口で津山が落とした小銭入れを朝香が拾ってくれた縁で、2人は知り合った。初対面でお茶をし、その後は週に1~2度、定期的に食事をしたり酒を飲むような仲になる。実は津山はすでに既婚者であったが、そのことは朝香に告げずに関係を続けていた。
既婚者という自身の身分を考え、決して朝香をホテルには誘わずに自制していた津山だが、朝香に誘われて温泉宿へ宿泊することになり、いよいよ腹をくくった。温泉宿で朝香に既婚者であることを打ち明け、2人は肌を重ねる。しかし津山は決して挿入はせず、指だけで朝香を絶頂へと導いた。それは、津山にとっての最後の自制であった。
それから津山は海外赴任となり、朝香に別れを告げるが、13年後、2人は再会する。朝香のことを忘れられなかった津山は、以前彼女が住んでいたマンションやかつて通っていたバーを訪ね、些細な足がかりを頼りに居所を探る。そして目の前に現れた朝香は、既婚者で、和服の似合う美しい女性へと変貌していた――。
既婚者の津山が、13年前の女である朝香の身の上を心配し、着物を着慣れている姿を見て「恵まれた生活をしている」と安堵するところに、男の身勝手な視点が非常によく表れていると思ってしまう。
このように、男が女に対して抱く感想というのは自分本位である場合は少なくない。その後津山は、朝香と最後まで至ることにしたのだが、それは、女として成熟して地に足が着き、生活にも恵まれている朝香だからこそ、手を出しても許される……という思い込みゆえなのではないだろうか。自分都合だけでタイミングを計っている男性に翻弄されては、女はたまったものではない。
しかし朝香はそんな津山を受け入れる。男の身勝手さに、ついほだされてしまう、男は弱い生き物だということも受け入れるのが、女の本能……ということなのだろうか。
本作は、女流官能小説家のトップに君臨する藍川氏の作品だが、男目線を理解し尽くしているように思う。同時に、藍川氏の懐の深さがうかがえる一作である。
(いしいのりえ)