米ベストセラーとなった、名門大のレイプ事件のノンフィクションと、売れっ子女性クリエイターの“戦記”
■『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著・山崎まどか訳、河出書房新社)
その重い荷物を人一倍抱えながら、パワフルに歩いている女性の1人が、エッセイ『ありがちな女じゃない』の著者、レナ・ダナムだ。
『ありがちな女じゃない』は、27歳で米誌「TIME」の“世界で最も影響力のある100人”に選ばれたレナ・ダナムによる初めてのエッセイ。13年、ドラマ『Girls/ガールズ』で脚本・監督・主演を務め、ゴールデン・グローブ賞(テレビの部)でミュージカル・コメディー部門の作品賞・主演女優賞を受賞した彼女は、日本での知名度はまだ高いとはいえないが、米国では若い世代を代表するクリエイターの1人として注目を集めている。
そんな華やかな経歴を持つレナのエッセイは、9歳の時「高校卒業までは処女でいる」と誓いを立てたものの、19歳になるまで、その誓いが脅かされるような機会自体がなかったという、地味な話から始まる。大学を卒業しても定職に就かず、何の展望もないまま「成功したい」と野心だけを持て余していた時期の焦燥、太りすぎてマタニティウェアしか着られるものがなかったこと、ダイエットと摂食障害、映画監督としてハリウッドデビューして出会った業界のおじさんたち(レナいわく“若いエキス吸い取りじじい”)に認められたくて消耗したことなど、順風満帆にキャリアを積んでいるように見える彼女の、格好いいとはいえないエピソードが、適度なユーモアと品のなさで痛快に語られている。
本書が、単なる才能あふれる成功した女性のありがちなエッセイに終わらないのは、自分の失敗や黒歴史、みっともない動揺を、自虐でもなく、「自分の一部」としてカラッと振り返っているところだ。親しい女友達に明かすような語り口で、イケてない初体験を語るレナにつられて、読者も彼女と会話するように、普段は忘れている恥ずかしい行動、恥ずかしい経験を記憶の底から取り出し、ほとんどの記憶は笑い飛ばすことができるだろう。
基本的にはユーモアたっぷりに、軽快につづられる本書だが、笑い飛ばせない過去については、真剣に振り返る。学生時代、彼女が顔見知りから受けたキャンパス・レイプと、その後遺症について語った「バリー」の章も、その1つだ。
被害を受けたとき酩酊状態だったレナは、『ミズーラ』でレポートされた被害者と同じように、「自身の経験はレイプと呼ぶほどではない」「たいしたことではない」と自分に言い聞かせ、笑い話として扱おうとしていた。しかし、大人になった彼女は、友人や恋人との会話をきっかけに、その経験でどんなに傷ついていたかを初めて自覚することになる。おそらく米国でも、本章で書かれたことが、レイプかどうかについては意見が分かれるところだろう。それでも、「第三者からどう思われても、自分はその経験で傷ついている」という事実を受け入れることの大切さに気付かされる。
レナが「この本はそんな私が戦う最前線からお届けする、希望に満ちた緊急メッセージなの」と書くように、『ありがちな女じゃない』は、少女時代から現在に至るまで、人一倍たくさんのものと戦ってきた現代女性の戦記だ。全戦全勝ではない、立ち直れないと思えるほどの経験もオープンにした彼女の言葉の端々から感じられるのは、自慢や自虐ではない。多かれ少なかれ、同じような壁にぶつかる同世代の女性たちに向けた、「何回負けても、そして負けたことを認めても、自分が駄目になるわけではない」というメッセージだ。そのエールは、海を越えて私たちにも届く。日本で生きる女性たちが歩む道も明るくし、勇気づけてくれるだろう。
(保田夏子)