既婚/独身、専業主婦/仕事女の分断と希望を描く『グッドナイトムーン』
■母としての誇りと立場を失う畏れ
一方、かつては仕事を持っていたが、子どもを産んで以降家事と育児に専念してきたジャッキーの物語は、イザベルより混み入っている。
夫の多忙でスレ違いが生まれ離婚はしても、親という立場は変わらない。今では夫への憎しみも薄れ、子どもの父親としての信頼だけが残っているが、彼の再婚には複雑な心境。こういうバツイチの女性は少なくないのではないだろうか。
ルークのアパルトメントに子どもたちを迎えに行き、イザベルが持たせたランチの弁当を途中で捨てたり、アンナの生活管理についてのイザベルのミスを「そんな身勝手じゃ母親になる資格はない」と断じたりするのも、長年母親業をやってきたプライドからだ。自分の代わりをこの若い女が果たせるとは、とても思えないのだ。
「彼女は仕事がある」と、幼いなりにイザベルを弁護するベンに、専業主婦の労働の大変さや報われなさを教え、「彼女のような自己中心型は高給取りよ」と皮肉を忘れないところは、立場の違いがここまで女を分断するのかという感慨も抱く。
だが、父とイザベルの結婚を突然知らされて取り乱すアンナに「イザベルのいいところを探してみて」とアドバイスする言葉は、そのままジャッキーの内心を物語っている。自分にはないもので子どもの心を掴みつつある相手の魅力に、ちゃんと気づいているのだ。
その証拠に、クラシック好きのジャッキーは、イザベルがアンナをロックコンサートに連れて行くのを「まだ子どもよ」と反対したくせ、自分はちゃっかり同じコンサートに娘と行こうとする。私にだってそういう文化はわかるわよ。まるで若いイザベルと競い合っているかのようだ。
どこまで行っても実の母である私に代わる者はないという誇りと、自分はいつか必要なくなるのではないかと畏れ。安心と不安が代わる代わるジャッキーを襲う。その複雑な心境は、ベンの枕元で歌うイザベルを目撃して、そっと立ち去る寂しげな背中にも現れている。
自身が完治不能なガンに冒され、残された時間がそんなに長くないことを知ってからのジャッキーの努力は痛ましい。
周囲に知られて心配されないよう気をつけながら、今この一瞬を親子の濃密な時間にするべく、努めて明るく振る舞おうとする。イザベルに不審がられやっとカミングアウトした後では一層、どうやったら子どもたちに良い思い出を残せるかと心を砕く。
アンナの恋の一件も、イザベルのいささか奇をてらったアイデアに、良識ある母親の立場から意見する。ここでの「あなたの雛型は作らないで」という言葉は、ドラマ中、ジャッキーがイザベルに放ったもっとも厳しい台詞だ。