映画レビュー[親子でもなく姉妹でもなく]

女が本当に好きなのは男ではない? 女同士の淡い同性愛感情を描く『小さいおうち』の幸福

2016/11/30 17:00

◎美しく魅力的な若奥様と奉公する女中
 中島京子の小説が原作の『小さいおうち』(山田洋次、2014)は、女が女に抱く密やかな愛を描いたドラマである。布宮タキ(倍賞千恵子)が大甥の健史(妻夫木聡)に薦められるまま、「自叙伝」で綴る戦前の回想と現在のシーンで構成されている。

 「小さいおうち」とは、昭和6年、18歳で山形から東京に女中奉公に出た彼女が二番目に入った、山の手のモダンな、赤い屋根を持つ洋館のこと。そこで出会うのが、美しい若奥様の時子(松たか子)。彼女の夫、平井(片岡孝太郎)はおもちゃ会社の重役であり、幼い息子と3人の絵に描いたような幸せな家族だ。

 しかし、平井の部下で芸大出の板倉(吉岡秀隆)が家に出入りするようになり、時子とだんだん惹かれ合っていき、タキは2人をハラハラしながら見守るはめになる。そして老いたタキが心の中に封印し続けた自身の「罪と罰」が、彼女の死後やっと明らかになる。

 戦前の東京の街の風物が仔細に描かれている原作と比べ、映画は大半のシーンがセットで、人物背景も時子が子連れ再婚であることなどは省略されている。そのため、全体に物語がスケールダウンしている感は否めない。また、もの静かで懐の深そうな平井の元の人物像も矮小化されていて、片岡の演技はワンパターンだし、板倉を演じた吉岡はなんだかモッサリしており、人妻が心をときめかす若者としてはミスキャストに思える。

 しかしそれらを補って余りあるほど、時子を演じる松と若年期のタキを演じる黒木華がすばらしい。出身も階級も違う、少し歳の離れた2人の女性の間に生まれ育っていく、穏やかな愛と信頼。それが、子育てや家事を通した家の中のさまざまなシーンで、みずみずしく描かれている。


 時子は感受性が鋭く、気性がまっすぐで明るくて、天然なところもあるが案外頑固で、内に情熱を秘めた女性。松の表面張力の高い顔、若々しい声、二の腕や腰の色っぽく女らしい肉付きも、時子が女学生時代の輝きを保持したまま歳を重ね、そこにいるだけで人を魅了してしまう女性であることを示している。しかも読んでいるのは『風とともに去りぬ』だ。そういう女が、仕事と戦争の話ばかりし、金儲けで頭が一杯の凡庸な夫に心から満足できるわけがない。

 一方、時子にあこがれながら、朝から夕までまめまめしく働く女中のタキ役は、素朴な風貌の黒木にぴったり。彼女の体からは、台所に白い食器戸棚と挽肉機が据えられ、応接間にはマリー・ローランサンの絵が掛かる可愛らしい家で、美しい女主人に仕える喜びが溢れている。小児マヒに罹った幼い坊ちゃんをおぶっての医院通いという、大変な労働も積極的に引き受けるタキ。常に時子の気持ちを慮っている控えめな様子は、まるで忠実な柴犬のようだ。

 そんなタキに時子は、時には親友にように茶目っ気を見せ、時には姉のように優しく親身に接するが、板倉との関係は夫に秘密裏のまま、とうとう抜き差しならないところまで行ってしまう。

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