コラム
映画レビュー[親子でもなく姉妹でもなく]

老女の夢を二人三脚でかなえる年下の女――年齢を越えた関係を描く『マルタのやさしい刺繍』

2016/10/30 19:00

◎ランジェリー店を構えようとする老女と友人たち
 『マルタのやさしい刺繍』(ベティナ・オベルリ監督、06)は、スイスの小さな村で、夫に死なれ失意の中にあった1人の老女が、新しい仕事を始めることで、再び生きる目的や喜びを見いだしていく物語だ。

 その仕事とは、手作りのランジェリーショップ。意外な店の出現が村に波紋を呼び、さまざまな人間関係が再構築されていく様が、暖かいユーモアを交えて描かれている。

 ヒロインである80歳のマルタ(シュテファニー・グラーザー)の友人は、独身で優雅な老人ホーム暮らしのフリーダ(アンネマリー・デューリンガー)、車椅子の夫がおり地域リーダーである息子フリッツに農場を任されているハンニ(モニカ・グブザー)、そして彼女たちよりだいぶ若く、娘と2人でヘアサロンを切り盛りする60歳前後のリージ(ハイジ・マリア・グレスナー)。

 物語の後半で突然退場してしまう、このリージというアメリカ大好きのちょっと派手目でポジティヴなおばさんが、マルタの人生の再出発に際して重要な役目を果たす。マルタとランジェリーとの決定的な「再会」シーンに、リージは深く関与している。部屋の整理のために手伝いに来ていたリージがふと開けた箱の中に、マルタがかつて自分で縫ったゴージャスでファンタスティックなランジェリーが詰まっていたのだ。

 その商品としての完成度に驚き感心するリージと、思いがけないものを発見されて恥ずかしがるマルタ。彼女にとって、若い頃に勉強し、センスと技術の全てを傾けて制作したランジェリーは、捨てるに捨てられなかった誇りの象徴である。

 マルタは美しいものを愛し、それを自分の手で作り上げてきたにもかかわらず、長らくそのことを忘れていた。保守的な村では、高級下着を縫える才能など、隠しておかねばならなかった。しかし、美しいものは時を経てもちゃんと残り、人を感動させた。もっとも、それを見たのが同世代のフリーダやハンニだったら、「あなた、こんなハレンチなもの作ってたの?」という具合に苦笑で流されていたかもしれない。まだ「女」も人生の夢も捨てていない感じのリージだったから、年上の友人の知られざる手業、隠された職能を心から称賛できたのだ。そして彼女は、それが守るべき文化であることも、ちゃんと見抜いていた。

◎偏見の中、夢を手に輝きはじめた老女
 リージの開けたランジェリーの箱は、パンドラの箱だった。昔の制作物を絶賛されたことで、マルタの中には本人も気付かぬうちに、下着制作への夢が再燃し始める。その証拠に、ハンニの息子のフリッツから頼まれていた合唱隊の旗の修復のため、生地を買いに街まで出かけたのに、お店でレース生地に夢中になり、ランジェリーショップに入って商品チェックまで始めてしまう。

 「シャンゼリゼで下着の店を開きたかったの」と語るマルタの瞳が、今までにないほど輝いているのを見て取ったリーゼは、「今からでも遅くない」と村でランジェリーショップを開くことを提案。マルタは俄然やる気になり、夫と2人でやっていた雑貨店を片付け、レース生地を購入し、下着雑誌をチェックし、さっそく制作にとりかかる。

 しかしハンニやフリーダは、「村の笑い者になる」「後で後悔するわよ」などとマルタを牽制。さらに、うっかり忘れていた合唱隊の旗を急遽レース生地で修復したことで、「こんないやらしいものを作っているとは!」とフリッツは大激怒。支配的で頑迷で無粋なフリッツは、保守的な村を象徴するかのような存在だ。濃度は違えど多くの村人も彼と同様、ランジェリーに偏見しか持っていない。そんなものを、80歳のおばあさんが作って村のど真ん中で売るなんて、言語道断というわけだ。

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