夜のファッション業界の栄枯盛衰 ゴルフ会員権が運命の分かれ目
長らく続く不況は、アパレル業界にも大きな影響を与えている。老舗のブランドも規模を縮小し、小さいメーカーになると会社をたたむことも。しかし、夜の店で働く女性たちに衣装を販売する外商として40年近く働くM氏によれば、バブルがはじけたときにはもっとひどく、それこそ天国から地獄に落ちた経営者も少なくないという。
日本全体がバブル景気という熱に浮かされていた時代、アパレル業界も例外ではなく、消費者は自分のステイタスを高めるために、こぞって高級ブランドを買いあさった。また、キャバ嬢たちも上客をつかもうと、「ほかの子が着ていない服」を買うため金に糸目をつけず、M氏もずいぶんいい思いをさせてもらったと当時を振り返る。
「バブル期のアパレル業界、特にお水のスーツやドレスを扱っているメーカーの羽振りは、半端ではありませんでした。100万円以上する毛皮のコートが月に何枚も売れたこともありましたからね。私みたいな末端の販売業者でも、月の売り上げが数百万も珍しくもなかったから、メーカーがどれだけ儲けていたかは想像がつくと思います。内装をエルメスやヴィトンに別注した高級車に乗る経営者もたくさんいました。夜の商売の服を作るメーカーには遊び好きが多かったから、毎日のようにキャバレーで遊んで、『このボトルを一気に空けたら100万円やる』なんて金をばらまいていました」(M氏)
しかし1991年、永遠に続くと思っていたバブル景気は突然終わり、多くの企業が破たんした。1,000人近い女性を揃えていた大型キャバレーも規模を縮小してキャバクラへと変わり、キャバレーの女性たちが主な顧客だったアパレルメーカーも、バタバタと潰れていった。
「仲間内での笑い話で、タクシー運転手の待合所に行って『社長!』と呼ぶと半分以上振り返るなんて話がありましてね(笑)。ああいう業界で生きてきた人は普通の会社に馴染めないことが多くて、基本的に1人で業務を行い、収入もいいタクシー運転手になることが多いんです。借金を踏み倒して行方をくらました社長もいたし、奥さんに愛想を尽かされて家を追い出されて、面倒を見ていた愛人のところに転がり込んだけど、愛人にも見捨てられたなんていう、漫画みたいなことになった社長もいます」(同)
笑える話がある一方で、笑えない話もある。
「自殺した経営者もたくさんいました。私も付き合いのあった社長とまったく連絡が取れなくなって、懇意にしていたその会社の社員と社長の家に行ったら、社長が天井からぶら下がっていたことがありました」(同)
バブル崩壊で多くの人を破産させた投資先として、真っ先に思いつくのが不動産だ。「土地の値段は下がらない」という根拠のないうわさに踊らされた多くの人々が、とんでもない僻地の土地を高額で買い、バブル崩壊とともに破産した。しかしM氏によれば、夜のアパレル業界の経営者を破綻させたのは不動産ではなく、ゴルフの会員権だという。
「今でこそゴルフはカジュアルな趣味になりましたが、あの頃のゴルフはとても敷居の高いスポーツでした。最近は日曜日でも1万円ほどで回れますが、あの頃、1ラウンド5万円はかかりましたからね。しかし、アパレルメーカーの人たちが気にしていたのは、値段ではなくステイタスです。地方よりも都内近郊のゴルフ場の会員権を欲しがって、最盛期には6,000万円もする会員権を、投資目的でいくつも買ったという社長もいましたよ。そこに女性を連れて、高級車で乗り付けるのがかっこよかったんです。私ですか? もちろん買いましたよ、付き合いで。でも、東京近郊は高くて手が出せなくて、関東の端っこにあるゴルフ場の会員権を買いました。それでも、うれしくてね、何時間もかけて通いました」(同)
しかし、バブル崩壊とともにゴルフの会員権の価格も暴落。リッチな人々のステイタスだったゴルフ会員権は、ただの紙切れになってしまった。
「いつの時代も悪い奴がいてね、そういう奴らに『これからどんどん価値が上がるから、いらなくなれば売ればいい。投資目的だと思えばいい』と騙された社長がたくさんいました。そして、バブルが崩壊したときには、そいつは行方をくらましていました。さっき話した首を吊った社長も、そうやって何口も会員権を買っていた1人です。私たちの世代にはゴルフ好きが多いから、ゴルフ会員権と聞くと、ついほしくなってしまうんですよ。表沙汰にはなりませんが、今でも会員権絡みのトラブルはあるようですよ」(同)
M氏によれば、バブルを生き抜いたのは「バブルの熱に浮かされずに将来のことを考えてブランドを強化し、無謀な投資をしなかった会社」だけだという。それは、夜の業界専門メーカーだけでなく、一般のアパレルメーカーも同様だ。そうはわかっていても、共にバブル期の恩恵を受けた仲間が落ちぶれた姿を見たり、亡くなった仲間のことを思い出したりすると、胃の底が重くなるような気分になるという。
夢のような好景気を味わった“バブル世代”をうらやむ人、懐かしむ人は多い。しかし、その陰には、バブルの犠牲になった多くの人々がいることを忘れてはいけない。