カルチャー
[官能小説レビュー]

誇り高きヤリマン女子大生の姿に、清々しさすら覚える『愛よりも速く』

2016/10/10 19:00
『愛より速く』(新潮社)

 男性には、愛と性欲を切り離して考えている人が多い。既婚者や、特定の恋人がいる人の中にも、風俗通いをする男性が割と多いというのも、その1つの証拠である。対して女性はどうだろう? 男性に比べ、愛と性欲を切り離せない場合が多い気がする。“ヤリマン”であっても、仲間内での自分の立場を優位にしたかったり、コミュニティ内で一番ちやほやされたかったり、誰かの視線を意識しているという話も聞く。もちろん“ヤリチン”にもそういった人はいるだろうが、単純に性欲を満たしたいゆえにセックスに駆られるのは、男性の方が圧倒的に多いのではないだろうか。

 今回ご紹介する『愛より速く』(新潮社)は、著者である斎藤綾子氏の体験を元にした19編の短編小説集だ。舞台は1980年代、23歳の女子大生である綾子は、中学生から中年まで、幅広い年齢の男性と体を重ねている。

 援助交際やSM、友人の輪姦体験、レズプレイの話など、あらゆる奔放な性体験がつづられている本作。最初から最後まで、実にあっけらかんと軽快に書かれているのでさらりと読めてしまうが、書かれている内容は非常に過激だ。薬を使いながらのセックス描写も多くあり、80年代の男女の無防備な性が赤裸々に暴露されている。

 そんなあまりにも節操のない綾子に、筆者は圧倒されてしまう。冒頭でも述べたように、女は理由なしに“ヤリマン”にはならないものだと思い込んでいたからだ。

 そこで筆者が特に興味を持った話が「中年男にお別れを」だ。ある日、綾子は友人のセツ子に呼び出され、妻子持ちの中年男・Tと会わないでほしいと切り出される。Tは以前、セツ子から紹介された男だ。彼はセツ子はもちろん、彼女の友人にまで手を出していたという。

 その夜、綾子はTとバーで待ち合わせ「あなたに会うなと言われた」と打ち明ける。悪びれた様子もなく、愛しているのは綾子だけだと告げられ、ラブホテルへと連れ出された。

 ラブホテルの紫色の襖を開くと、そこは白い玉砂利が敷き詰められている、金色の壁をしたド派手な一室。綾子はいつものようにTに抱かれ、セックスに溺れる。

 事を終えた後、うとうとしてしまったTを叩き起こす綾子。寝ぼけまなこで、「早く寝なさい。いつでも会えるよ」と言うTに対して、綾子はうるうると涙をためて「これが最後なんだってば……」と呟くのだ――。

 果たして、ヤリマンの綾子は、Tのことを愛していたのだろうか? それともほかの男と同じように、セフレの1人に過ぎなかっただろうか? と、誰もが疑問に感じるだろう。

 短い物語の中、綾子自身の心理描写がまったく書かれていないものの、筆者は、綾子はTに対して好意はなかったが、「ヤリマンとしてのプライド」が傷つけられたのではないだろうかと感じた。

 10代の頃からヤリマンとして生きてきた綾子。心の内側をさらけ出さない、軽やかな体験談からは、他者の目線への意識を感じず、むしろ個人の“戦歴”のようにも思えるのだ。それだけに、自分のセフレであるTが、自分の友人ともあっさりとセックスをしたことによって、負けたと感じてしまった……だから最後に涙を流し、Tと別れる決意をしたのではと読めた。

 愛と性欲が直結している女性もいれば、セックスを用いてのし上がりたい女性もいるが、綾子のように、誇りを感じさせるヤリマンの姿は、なんとも清々しい。明るく開放的にセックスに突き進む姿は、まるで獣のように気高くも感じられる。
(いしいのりえ)

最終更新:2016/10/10 19:00
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