「婦人公論」の“親子貧困”特集にみる、家族という“普通”の揺らぎ
NHKスペシャル『シリーズ老人漂流社会』のキャスター・鎌田靖氏によると、「これまで私たちは漠然と、家族が一緒にいることは生活面でも経済面でもメリットがあると考えてきました。しかし現実には、それぞれ弱い立場の親子が身を寄せ合うことで、かえって深刻なデメリットが生じている」。そこには複数の要因、たとえば平均賃金が減り続けていること、特に若者世代の低賃金化が自立を阻み高齢の親に頼らざるを得ない、その親が要介護となるとやむなく離職を選択する……などありますが、その根底には「人に迷惑をかけたくない」「人に助けを求めることが恥ずかしい」という意識が根強くあるようです。
家族だから一緒にいるべき、家族だから面倒をみるべきという固定化された価値観の弊害は、老親が死に生活費を当てにしていた子どもはホームレスになるしかなくなるという事例や、親の介護を抱え込み金銭的にも肉体的にも精神的にも追い詰められ死を選ぶ事件など、あらゆるところで噴出し始めています。「上野千鶴子×雨宮処凛『親が死んだらホームレス』そんな時代がやってくる」では、それを「家族リスク」と呼んでいます。家族にとらわれない、まったく新しい人間関係作り。それができるかで人生での“落とし穴”の数が変わってくる。自動的に幸せを約束してくれたはずの「結婚」というシステムが、パスポートや運転免許証くらいの意味しか持たなくなるのは時間の問題なのでしょうか。
■「普通」が「普通」じゃなくなる未来
年頃になり、好きな人ができて、結婚し、出産・子育てし、いつか子が巣立ち、また新しい家族を作り……それがこの国では“普通”とされてきました。そして今その“普通”がほころび始めている。「村田沙耶香 芥川賞をとっても、コンビニ店員に早く戻りたい理由」は、『コンビニ人間』(文藝春秋)で第155回芥川賞を受賞した村田沙耶香のインタビュー。我々が妄信してきた“普通”は本当に“普通”なのか、考えさせられる内容となっています。
芥川賞を受賞したその日もコンビニでバイトをしていたことが話題になった村田。「大学時代から続けてきたコンビニのバイトは、受賞したいまも辞めていません」。村田にとってコンビニは“聖域”で、「毎日同じ時間に同じものを買っていかれるお客様もいるし、おかしな言動をしてつまみだされる方もいる。店員は勤務経験の長さを問わず同じマニュアルに従って働くし、『小説家の目』でみると、本当にヘンテコで面白いところなんです」。
物語の主人公である恵子は「恋愛や結婚をする意味を理解できないまま、独身を貫いている」36歳の女性。一度も就職せずコンビニバイトを続けています。その理由は「マニュアルで固められた仕事をしている限り、彼女は『普通』という状態を難なく演じられるから」。小さい頃からずっと「変わった子」として見られてきた恵子ですが、別に誰に迷惑をかけているわけでもないのに「何で結婚しないの?」「何でアルバイトなの?」と無邪気に問いかけてくる人のほうが「ずっと奇妙で、傲慢なのかもしれません」と村田。恵子を通して見えてくる、そんな普通の奇妙さを描こうと思ったのも、「自分の中にも『普通』というバケモノ性が潜んでいる気がするからかもしれません」と語っています。
恵子は「無職で恋愛経験のない」白羽という男性と、「お互い恋愛感情がないにもかかわらず、家族や友人から容赦ない質問攻撃にあい、これ以上傷つけられることを避けるため、婚姻することを思いつきます」。つまり自分の価値観を守るために、自ら枠だけ「普通の人間」側に入ろうとする。恋愛の達人と言われる人たちが「結婚と恋愛は違うから」といった旨をのたまいますが、この2人はそれこそ「結婚」というシステムが人々にもたらす安心感を逆手に取ったのです。
恵子と白羽への共感/反発はおそらく世代間でだいぶ異なるのではないでしょうか。しかしここまで極端ではないにせよ、「普通」を求めて結婚する人は多いし、その「普通」に価値を見出せないから、現在未婚率が高い世の中になったのでは。しかし恵子のような確固たる価値観なんて元々ない人のほうがほとんどで、そういう人が何となく頼ってきた家族という「普通」にも、結婚という「普通」にももう寄りかかれなくなる。その事実の方が怖いのではないでしょうか。
(西澤千央)