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「駄目なところ」が人生を切り開く力になり得ることを教えてくれた『不機嫌な姫とブルックナー団』

2016/10/29 16:00

■『不機嫌な姫とブルックナー団』(高原英理、講談社)

「最初からうまくやれる人たちは何の問題もない。問題は、弱くて下手で、駄目で、つまずき続ける人の場合だ」(『不機嫌な姫とブルックナー団』より)

 生まれ持った才能と、世間を渡り歩く才覚を併せ持つギィのような人物は、一握り(ギィの行為は犯罪ですが)。多数の人々は、怠けもすれば、妥協もする。そんな、普通の人々の弱さを真っすぐ捉えた小説が『不機嫌な姫とブルックナー団』です。

 非正規職員として図書館に勤めながら、翻訳家の夢をくすぶらせているアラサー女性・代々木。仕事にも人生にも行き詰まりを感じながら日々を過ごしています。本作は、作曲家ブルックナーを愛する彼女が、クラシックコンサートで怪しい男3人組に声をかけられ、反発しつつも友情を深めていくストーリーに、オタク仲間が書いたという体での「ブルックナー伝」が挿し込まれる形で進んでいきます。

 評伝のパートで描かれるブルックナーは、気弱で不器用で、女性に対しては異常に自意識過剰。楽団から軽んじられてちゃんと曲を演奏してもらえなかったり、権力ある批評家に馬鹿にされてもおもねったりと、「芸術家」のイメージとはかけ離れた“残念”なエピソードがほとんど。けれども、現代から見れば、そんなブルックナーはどこかいじらしくて嫌いになれない。

 大きすぎる夢を持て余して動けなかった代々木は、ブルックナーの情けないエピソードを知り、そんな彼の良さを不器用に広めようとするオタクたちと交流するうちに、不思議と背中を押されていきます。「駄目な人には同じ駄目な人の必死が胸にくる」。不格好でダメでも自分の人生を進み始めた彼女と、妥協してもしぶとく音楽家として生き残ったブルックナーの姿がわずかに重なり、どちらの不器用な歩みも、清々しく力強く見えてきます。

 そして、本作のもう一つの魅力は、“ブルヲタ”(=ブルックナーの熱心なオタク)たちが、マクドナルドで繰り広げる気持ち悪くもテンポの良い会話や、代々木による辛辣かつユーモアの込められたオタク分析。クラシックオタクでなくても、なにかのオタクになった経験を持つ読者なら、似たような場面を経験したことがあるかもしれない、オタクとしての自分も見直せる一冊です。

■『悪癖の科学』(リチャード・スティーヴンズ著、藤井留美訳、紀伊國屋書店)

 過度の飲酒、下品な言葉遣い、危険な運転、怠けぐせ、ストレス、過剰なセックス……頭では良くないとわかっていても理性で抑えられず、ついやってしまうことは多々あるもの。誰でも、一つくらいは心あたりがあるのではないでしょうか。

 2010年にイグ・ノーベル賞(人々を笑わせるユニークな研究に贈られる賞)を受賞した心理学者リチャード・スティーヴンズによる『悪癖の科学』は、一般的にマイナスと思われている悪癖に、隠れた利点があるのではという仮説を立て、検証していくラフな科学読み物。研究者の視点で、人間の行動に関する最新の研究を横断してざっくりとまとめ上げた貴重な一冊です。

 例えば、下品な侮蔑語や卑猥な言葉を使う効用。普段使わない人ほど、こういった言葉は痛みを耐えるのに効力を発し、ストレス耐性や痛覚の限界点を上げる効果が得られるという実験結果が出ています。他にも、気心の知れた仲間内で下品な言葉を使用することは、その集団の親密度を上げることに役立つという研究もあるそう。

 そして本著は、世界各地で大真面目に行われている、一般人から見れば変わった研究を紹介してくれるものでもあります。たとえば「性行為中の表情に関する研究」「二日酔い時における迎え酒の効果検証」「卑猥な言葉や社会的タブーの言葉を発した時の皮膚電気反応」などなど、おそらくこの瞬間も真剣に検証されているユニークな実験の意義や結果について、ユーモアを交えながら解説が加えられます。

 しかしながら、語られる研究結果の中には、驚きというより「やっぱり」という感想が出てくる成果事例が多いのも事実。統計的に示されなくても、無意識にメリットをわかっているから悪癖は続いてしまうのでしょうか……。
(保田夏子)

最終更新:2016/10/29 16:00
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