年上女が若い女に“友情”を強いるとき――『あるスキャンダルの覚え書き』、女友達への欲望
◎鬱陶しくも頼らざる得ない関係に
そんなシーバがバーバラを家に招いたり、プライベートな話を開陳したりしたのは、背徳行為をしていることで感じる落ち着かなさのため、学校関係者の1人で頼りがいがありそうな人をとりあえず確保しておきたいという感情からにすぎない。シーバの振る舞いも自己中心的であり、バーバラとは別の意味で相手を利用しているのだ。
だから、ペットの猫の死が近づいたバーバラがシーバ宅に押し掛けて悲しみを共有してもらおうとした時も、表向きは同情しつつ内心の鬱陶しさを滲ませる。彼女にとってバーバラは、秘密を守ってもらっているにせよ、必要以上に親密になる気はない、だがぞんざいに接して反感を持たれても困る、目の上のタンコブ的なちょっと厄介な年上の女性だ。
やがて、ある出来事で2人の温度差が表面化し、シーバの振る舞いを重大な裏切りと取ったバーバラは、復讐心に駆られて同僚の教師の1人に彼女のスキャンダルを匂わせ、その結果、事は学校だけでなくスティーブンの両親にも、夫にも露見して、修羅場が繰り広げられる。
家を追い出され、マスコミに追われるシーバを自宅にかくまい、これまでにない幸福感に酔うバーバラ。相手を密かに陥れ、弱らせて孤立させ、自分に頼らざるを得ない形にもっていく心理は、狡猾な支配者のそれだ。そして、この後に及んでも結局バーバラを頼ってしまうシーバの人間的な弱さが、あらためて浮き彫りになる。
◎「友情」として表出した別の欲望
しかし、バーバラはただ従順な相手がほしかっただけなのだろうか。彼女を単にストーカー体質のモンスターとだけ見ていいのだろうか。
バーバラは孤独な人生を歩んできた。警戒心が強く秘密主義で、人との身体的な接触もないまま、歳を重ねてきた。しかし、心の中では人一倍、他人との強い結び付きを求めていた。
その相手が、男性や同世代の老人ではダメなのだ。若く柔らかそうな女性、自分よりずっと歳下で、守ってやりたいような、ぎゅっと抱きしめたいような、抱きしめ合って心から安心できるような女性でなければならない。そういう相手と出会って、互いに唯一の理解者になり、一心同体となって生きるという高い理想を、バーバラはひたすら追い求めてきた。それが高じて、かつて親しかった女性への接近禁止命令まで受けている。
そこに同性愛感情があったかどうかは、定かではない。ただ彼女が、若い同性の体のぬくもりと愛情に狂おしいほど飢えていたことは確かだ。その欲求が広い意味での性欲であろうことは、日記の記述からもうかがえる。老女にだって性欲はある。それが、年下の女性と至上の友情を築くという夢に変容し、膨らみすぎた夢が現実に対する認知の歪みを作り出したのだ。
バーバラの日記から、自分にとっては悪夢のような「関係妄想」と秘密の漏洩を知ったシーバが、初めて荒れ狂い、罵詈雑言を浴びせるさまは痛々しい。その形相には、まだ若く美しく年上(夫)にも年下(生徒)にも求められるこの私が、あんたみたいな婆さんと仲良くしたいわけがないでしょう! と書いてある。
自分以上の若さを求めるあまりたがを外し、相手との関係性を冷静に見られない点で、シーバはバーバラと似ている。だが、常に若さの方を向いている女は、親ほど歳の離れた女と自分が同類とは決して認めないものだ。
シーバに去られたバーバラが次の「夢」を見始める、悲しくもしみじみとした恐怖を誘う場面で物語は終わる。孤独の深さが心を蝕み、治癒しえない病理にまで達した老女。もし家族や友人を失った時、将来の自分がこうならないとは断言できない。
大野左紀子(おおの・さきこ)
1959年生まれ。東京藝術大学美術学部彫刻科卒業。2002年までアーティスト活動を行う。現在は名古屋芸術大学、京都造形芸術大学非常勤講師。著書に『アーティスト症候群』(明治書院)『「女」が邪魔をする』(光文社)など。近著は『あなたたちはあちら、わたしはこちら』(大洋図書)。
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