痴漢はどうしたら撲滅できるのか? ひとりの加害者が、何千人という被害者を生む現実
■痴漢を通報した人が、誤報であっても責められない体制が必要
――これ、加害者が逃げ切ったようにも見えますよね(苦笑)。
田房 今回、斉藤さんの話を聞いて残念だったのは、痴漢に遭ったその場で、加害者の内面を揺さぶって膜を破壊するのが、ほぼ不可能だとわかったこと。その場で即、犯行をやめさせることができ、さらに加害者が今後絶対にやらないと思わせることができる、そんな即効性のある技を、自分の子ども世代に伝えたかったから。無念です。
このポスターが対象としているのは、女性ですよね。被害に遭った女性たちに、「あなたが声を上げてください」と訴えかけている。でも、痴漢を突き出すのって、すごく怖いです。成人女性でも負担が大きいのに、まだ年端もいかない女の子にそれを強いるのは酷です。自分よりずっと年上の男性犯罪者を前にしたときに、恐怖を感じないわけないですから。
斉藤 先ほどお話しした通り痴漢は逮捕されない限り行動変容しないので、この卑劣な犯罪を減らすには、いまのところ、どんどん逮捕するしか方法がありません。でも通報へのハードルは高く、多くの女性が泣き寝入りします。結果、ひとりの痴漢が何十人、何百人……もしかすると何千人という被害者を生みます。私はいっそ、車両に「痴漢通報ボタン」を設置してもいいと思いますね。バスの降車ボタンみたいな。
田房 痴漢に遭ったら、それを押すんですね。
斉藤 はい。で、次の駅で駅員が待っていて、引き渡される。
田房 でも、それも人によっては難しいのかも……。別のバラエティ番組では、痴漢現場に居合わせたらしい視聴者からの「声をかけて、その男性が捕まって、もしそれが間違いだったら、その人の人生を壊してしまう。どうしていいか、わからなかった」という投書が紹介されていました。なぜか、加害者にピントが合ってしまっている。その理由を考えたのですが、「駅員に通報→絶対に逮捕」というのが、かえって通報のハードルを上げているのでは。
痴漢で通報された人はまず、斉藤さんのクリニックのようなところに行って再犯防止プログラムを受ける……といったシステムじゃないと、当事者であれ周囲の人であれ、通報する側にどうしてもためらいが生まれます。
斉藤 通報した人は、それが誤報であっても責められない体制にしないといけないですね。イギリスではそのような体制が整備されつつあり、通報件数と逮捕件数が30%増加したそうです。すべて構造上の問題なのに、いまはそれらすべてを被害者である女性が担わされている。
田房 本当にそうなんです。絶対におかしいです「みんなの勇気と声で痴漢撲滅」とポスターで訴えるだけで、女性からの通報が増えるわけないですよね。本気で痴漢を撲滅したいなら、さっきのお話にあった「痴漢は勃起していません」「痴漢ひとりにつき何千人もの被害者がいます」といった痴漢の実態を伝えるものとか、「病院に通えば痴漢はやめられます」など、痴漢加害者に訴えかけるものとか。本気で撲滅させるぞという意気込みだけでも、まずは見せてほしいものです。
(三浦ゆえ)
田房永子(たぶさ・えいこ)
1978年、東京生まれ。漫画家、ライター。01年「マンガF」にて漫画家デビュー。ハプニングバーなどの過激スポットへ潜入したルポ漫画を描きながら、男性の望む「女のエロ」を描き、違和感が蓄積。08年からノンフィクションレポートシリーズ「むだにびっくり」を自主制作・出版。著書に『母がしんどい』(KADOKAWA)、『ママだって、人間』(河出書房新社)、『男しか行けない場所に女が行ってきました』(イースト・プレス)、『それでも親子でいなきゃいけないの?』(秋田書店)、『キレる私をやめたい ~夫をグーで殴る妻をやめるまで~』(竹書房)等がある。
・ブログ「むだにびっくり」
斉藤章佳(さいとう・あきよし)
大森榎本クリニック精神保健福祉部長(精神保健福祉士/社会福祉士)。1979年生まれ。大学卒業後、同クリニックにて、アルコール依存症を中心に、ギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・虐待・DVなど、さまざまなアディクション問題に携わる。専門分野は「性犯罪者における地域トリートメント(社会内処遇))で、同クリニック内で行われている性犯罪及び性依存症グループ(通称SAG:Sexual Addiction Group-meeting)のプログラムディレクター。最近では、日本で初めて常習性の高い性犯罪者に対して、拘留中の面会、裁判員裁判への出廷や刑務所出所前に面会に行き、出所後継続した社会内処遇につなげる「司法サポートプログラム」が、司法関係者やマスコミから注目されている。
・榎本クリニック