祇園の芸者×舞妓志願の若い娘――『祇園囃子』に見る、「男の世界」に独りで生きる女の見栄
お君は、自分たちの生きる「女の世界」が「男の世界」なしには成立しないことを熟知している。だから純粋な親切心から、美代春に「あんたも旦那をもって楽をしたらいい」と言う。突っ張って苦労することはない。男を立てておいて、おいしいところを頂けば良いではないか。なぜ美代春は自分のアドバイスを受け入れられないのか、なぜ苦労をみすみす買って出るのか。そのことが、花柳界を生き抜いて、もはや男との関係に甘い幻想を抱いていない現実主義者のお君には理解できない。お君の割り切りと美代春の意地。この間で悩む女性は、現代にもいるのではないだろうか。
1人で商売をし旦那は持たず、気楽な生き方を自分なりに貫いてきた美代春のなけなしの意地と誇りが、じわじわと切り崩されていく過程は遣る瀬ない。彼女を追い込むのはお君らの振りかざす「責任」だが、自身を縛り付けているのは年下の栄子への思いだ。美代春にとっておそらく栄子はかつての自分だから、できるだけ純粋なままでいてほしい。彼女の長年の意地と誇りを捨てさせたのは、その深い人情、思いやりだった。
姐さんの気持ちをやっと理解した栄子が、座敷を走り抜けて美代春の背中に抱きつき泣き崩れるシーンで、2人の悲哀は頂点に達する。「今日からあんたの、美代栄ちゃん(栄子の芸名)の旦那はあたしや」。この不器用な台詞は、「男の世界」に寄生せずには成り立たない「女の世界」の片隅で、せめて若い女の庇護者たらんとすることで自らを鼓舞する年増女の、精一杯の見栄と強がりなのだ。
大野左紀子(おおの・さきこ)
1959年生まれ。東京藝術大学美術学部彫刻科卒業。2002年までアーティスト活動を行う。現在は名古屋芸術大学、京都造形芸術大学非常勤講師。著書に『アーティスト症候群』(明治書院)『「女」が邪魔をする』(光文社)など。近著は『あなたたちはあちら、わたしはこちら』(大洋図書)。ブログ「Ohnoblog 2」