居場所のない主婦が週に一度だけ寝る男――『うたかたの彼』に見る、真の理想の男像
■今回の官能小説
『ウェンディ、ウェンズデイ』(吉川トリコ、実業之日本社『うたかたの彼』より)
女であるということだけで、生き難いと感じることが多い。一番わかりやすい例は“「生理”」だろう。月に一度は必ずやってくるその現象が原因で、強い痛みやPMSなどを抱える女性は数え切れないほど存在している。
そして、女は“「1人”」でいることが社会的に許されにくい。独身女性の数は増えているものの、ある程度歳を重ねても結婚をしていない女性は「変わり者」だと周りから白い目で見られる。しかし、結婚をしても出産をしなければ、今度は身内から「子どもは?」と突つかれる。子どもを産んでも、子育てや教育に文句をつけられることだってあるのだ。
そんなふうに、周囲から無言の圧力をかけられ、耐えるうちに、女は心にぽっかりと穴が空いてしまう。誰かに埋めてもらいたい、そんな心の穴を持つ女性は少なくないのではないだろうか?
今回ご紹介する『うたかたの彼』(実業之日本社)は、そんな“穴”を持つ女性たちが登場する6編の小説からなる1冊作品である。本書収録の作品には共通して、不思議な男性・ヒトリが登場する。例えば、独身ライターの主人公・鏡子の話では、クリスマス当日に鏡子に買われるデリバリーホストとして。買い物依存症の主人公・奈緒の話では、ボロボロの服装にシャネルのバッグを背負っているところを、奈緒に拾われる男として。そして、平凡な主婦・真知子が主人公の『ウェンディ、ウェンズデイ』では、週に一度だけ寝る男として登場している。
夫と子どもを持つ真知子の密かな秘密は、水曜日の日中にヒトリに抱かれることだ。彼女はカルチャースクールのシナリオライター養成講座に通っていたのだが、同じ教室に通う生徒たちの雰囲気に馴染めずにいた。専業主婦やフリーターの女性たちであふれるそこには派閥ができ、真知子はどこにも属することができず孤立していたのだ。また家庭でも、高校生になる息子は何を考えているかわからずに、どう接すればいいのかわからない。真知子はどの場にいても窮屈さを感じていであった。
そんなとき、ひょんなことからヒトリに出会う。四十代を目前にした真知子から見れば“若い男”であるヒトリと成り行きでベッドを共にし、以来、カルチャースクールの講座の時間帯に、ヒトリに抱かれるようになった。
ヒトリと会うときには、よそゆきの化粧をしている真知子に対して、近所の主婦は好奇の視線を向ける。家庭、カルチャースクール、そしてご近所からも浮いてしまった真知子にとって、週に一度、ヒトリの部屋で手料理を振る舞い、おいしそうに頬張る彼の姿を見ている時だけが、唯一の救いであった――。
真知子を取り巻く日常は、私たち女にとって共感できる部分が多いような気がする。“調和”を重んじる女同士の付き合い方は想像以上に重荷なのかもしれない。
調和を崩さないために、表では笑顔を見せて取り繕いながら、女たちは心に穴を空けている女たち。それを埋められるのは、生活に無関係な「男」ではないだろうか。真知子をはじめ、この物語の登場人物である女たちは、自分の悩みを明確にできず、ただぼんやりと悩み、心の隙間を埋めようともがいている。そうしたつかみどころのない不安や悩みを埋める相手は、生活に無関係な男ではないだろうか。相手がヒトリという男には、ある意味女たちの真の理想が投影されている的であるのかもしれない。
(いしいのりえ)