姉の手に射精した夜を忘れられない弟――『残り香』に感じる“禁断の熱量”とは?
■今回の官能小説
『残り香』(松崎詩織、幻冬舎)
官能小説の楽しみ方の1つに「非現実的な世界に浸る」というものがある。現実では決して許されない関係性が、官能小説の中には多く描かれているのだ。例えば不倫などはその代表例だし、男性が友人の妻を寝取ったりすることはもちろん、義母や少女と関係を持ったりなど、さまざまなシチュエーションが繰り広げられている。
中でも最も“禁断”なのは、血のつながったきょうだいの関係だ。これまでも姉と弟、また妹と兄の作品を紹介してきたが、この関係性が官能小説ファンに愛される理由はどこにあるのだろう?
今回ご紹介する『残り香』(幻冬舎)は、姉と弟の切ない純愛が描かれた作品である。物語は、主人公・隆が最愛の姉・涼子の死を告げられたシーンから始まる。35歳の立派な社会人で、プライベートにおいてもいくつかの恋愛を経験し、現在才色兼備な恋人を持つ隆だが、彼が幼い頃から愛していたのは、実の姉である涼子ただ1人だった。
隆は15歳の頃に両親を交通事故で亡くした。当時大学2年生だった涼子は、葬儀の時には一滴の涙も見せずに毅然と振る舞っていたが、隆は寝室で泣いている姿を見てしまう。
咄嗟に涼子の布団にもぐりこみ、震える肩を抱きしめる隆。その行動は、弟としての姉への愛情というより、“男”としての涼子への愛おしさによるものだった。想いが募るあまりに隆の下腹部は膨らんでしまう。そして涼子の手の中に、爆発しそうな想いとともに射精をしてしまった。
「姉は眠っていたのか、それとも――」あの夜のことを聞き出すことができないまま高校生になった隆は、さまざま甘酸っぱくも苦い経験をすることになる。クラスメイトの響子から突然「助けて」とだけ書かれたメモを渡されたことがきっかけで、保健室で響子の裸を見たりと、急速に距離は縮まるのだが、結局は悲しい形で別れを迎えてしまう。そして隆は、ひょんなことから保険の先生に童貞を捧げることになる――。
何人もの女性と関係を持ち、心も体も大人になったにもかかわらず、ずっとあのときの涼子の態度を引きずっていた隆。隆の自慰行為を知っていて受け止めたのか、それとも単純に眠っていたのか、答えを聞けないまま、涼子は天国へ逝ってしまった。しかし、天涯孤独になった姪である涼子の娘・知里と久々の再会をしたとき、隆の心臓は激しく脈打つ。 目の前にいる知里は、まるで幼い頃に恋をした涼子の姿そのものだったのだ――。
実の姉と弟、そして姪までも巻き込んだ禁断の愛は、思わぬ方向へ転がって行く。隆が、涼子が起きていたのか眠っていたのかで悩んでいたように、禁断の間柄には、関係を先に進めようとするのにかなりの葛藤を伴う。読者はその果てしない葛藤を現実では体験できないだろうが、官能小説において追体験をすることはできる。このような“葛藤”は、読み手に多彩な感情を発見させてくれるのではないだろうか。
「姉と弟の純愛なんてあり得ない」と一蹴すればそれまでだが、それだけでは片づけられない情熱的な愛が本書には綴られている。私たち読者は、その熱量にどこかあこがれるからこそ“禁断の関係”に惹かれるのだろう。
(いしいのりえ)