姉が瀕死状態なのに一切の支援をせず……マライア・キャリーが抱えるきょうだいとの確執
推定総資産は5億2,000万ドル(約592億円)と伝えられている歌手マライア・キャリー(45)。彼女の兄モーガン(51)は、HIVキャリアの姉アリソン(54)が瀕死状態だと告白し、「姉が危篤に陥ったときも見舞わず、治療費の支払いに苦しんでいるのに助けてくれない」とマライアを責め、ゴシップ好きの耳目を集めている。
両親はマライアが3歳のときに離婚し、黒人の父親はアリソンを、白人の母親はモーガンとマライアを引き取り、育てた。その後、アリソンは15歳で妊娠。高校を中退し、16歳で男児を出産。海軍に入隊した赤ん坊の父親と結婚し、フィリピンの米軍基地で新婚生活をスタートさせた。しかし、夫からの家庭内暴力に耐えられなくなり、赤ん坊を連れて帰国。なかなか仕事が見つからず、アリソンはニューヨークの道端に立ち、体を売りながら生活費を稼ぐようになった。そして、多くの娼婦が依存しているように、麻薬にはまり、落ちるところまで落ちて行った。マライアは1998年に受けたテレビのインタビューで、「姉の転落人生を知り、つらかった。でも私を強くしてくれたわ。あんな風には絶対になりたくないって、確信したもの」と、姉を反面教師にしたことを明かしている。
アリソンは26歳のときに再婚し、次男を出産。その翌年にHIV感染が発覚し、2人目の夫と結婚4年目に離婚。悲しみに暮れたアリソンは、それまで以上に薬物を乱用するようになり、見かねた母親が94年12月に次男を引き取った。
年が明けた95年、米「ニューヨーク・デイリー・ニューズ」紙は、アリソンが母親とマライアを相手取り、「次男を誘拐した」と裁判を起こしたことを報じた。アリソンは、同紙の取材に応じ、両親の離婚後から歌手としてブレイクするまで、貧困にあえぐマライアを「体を売ったお金」で支援したと告白。「私がHIV陽性だとマライアに伝えたとき、彼女はとても動揺していた。でも、弟もマライアも、私を見舞うことはなかった」「成功すると人は変わってしまうと言うけど、マライアの場合は違う。いつもビッチだった。変わらないわ」と皮肉りながら語った。
アリソンを反面教師にしていたマライアだが、デビューアルバムに「姉のアリソンに捧げます。ずっと輝いていて」と記すなど、アリソンへの感謝の気持ちは持っていた。彼女が薬物依存のリハビリ施設に入所する費用も出し、立ち直りを支援。しかし、何度リハビリを受けても薬物に手を出してしまうアリソンに愛想を尽かし、せめて子どもだけでも保護しなければと、母親が次男を保護。これをアリソンは「誘拐」だと激怒し、「次男の生活費を払っているのはマライア。彼女も共犯者」だと訴えたのだった。
裁判所は、次男の親権はアリソンと母親が共同で持つべきとの判決を下し、次男は母親が育てることに。つまり、アリソンは薬物依存から完全に抜けきっておらず、子育ては無理だと判断されたのである。このことに腹を立てたアリソンは、怒りの矛先をマライアに向け、00年にはマライアについての暴露本『Mariah and Me』を執筆。歌手デビューする前にマライアが薬物売人と交際し、その彼が刑務所に入ってからも関係が続いていたことなど、スキャンダラスな過去を暴いたのだが、この本が出版されることはなかった。