カルチャー
『かなわない』著者・植本一子トークショー

「家族に強いあこがれがあった」植本一子が語る、かなわなかった理想と自分なりの家族像

2016/02/28 19:00
『かなわない』(タバブックス)

 写真家の植本一子氏が、夫である24歳年上のラッパー・ECDの毎月の収入16万5,000円で家庭を切り盛りしながら、家事や娘2人(当時2歳と0歳)の子育ての日々を綴ったブログ「働けECD」を書籍化した『働けECD わたしの育児混沌記』(ミュージック・マガジン)。家事に追われ、早朝にラップで起こされ、震災や原発の恐怖におびえながらも懸命に生きる石田家の毎日を、植本氏が妻、そして母として切り取った子育て日記だ。

 同書から5年。その間における、育児への葛藤、世間的常識の中で感じる生きづらさ、家族とは母とは何か、新しい恋愛との出会いなどを書き綴った冊子が昨年自費出版され、このたび、それらに書きおろしを加えた単行本『かなわない』(タバブックス)が刊行。植本氏が淡々とありのままに日常を書き綴っているのだが、そのリアルさや力強い筆致から伝わる心の機微や生きる意志に思わず胸打たれる1冊となっている。

 その刊行を記念し、HMV&BOOKS TOKYOにて刊行記念トークイベントが開催され、著者の植本氏とともに、ゲストとして植本氏がミュージックビデオを手掛けるなど親交が深い、シンガーソングライターの寺尾紗穂氏、本書のデザインを担当したグラフィックデザイナーの山野英之氏が登壇した。

■「好きな人ができた」と夫に言った

 2011年から5年間にも及ぶ自身の日記が綴られている本書について、植本氏は「一番つらかった時期は震災後から14年あたり。久々に読み返してみて、最初の方は石田さん(ECD)に対して愛情のある自分がいたということに気付いて衝撃だった」と感慨深そうに語った。

 「旦那に愛情のある自分がいた」とは、現在植本氏と夫のECDは、5歳と7歳になる娘の子育てを互いに担う、「“家族”としての共同体」は保たれているものの、恋人同士のような関係性ではないということだ。本書には氏が夫とは別に好きな人ができたり、離婚を2回申し込んだりしたことが綴られているが、最初の方では、日曜日に家族全員が揃うことに大きな喜びを感じている心境がうかがえる。

「ふた回りも年上で元アル中のラッパーという男性を選んだ時点で普通の結婚ではなかったものの、自分の親の仲が悪かったから“家族”には強いあこがれがあって、夫婦はずっと仲の良いものと思っていた。でも実際には、11年頃からだんだん暗雲が立ち込めてくる感じがした。育児で家に閉じ込められ、でも自分はまだ若いし仕事もしたいという悶々とした感情がはじけた瞬間に、好きな人ができた」(植本氏)

 山野氏から「新しい家族のあり方としての生活をしている2人は現在、夫婦でお互いの意思疎通や気持ちについて話し合いをすることは?」と聞かれ、植本氏は「もともと私から仕事の話や悩みを吐く時はあったけど、向こうから話をすることがほとんどない。子育てで回っている関係なので『好きな人ができた』と言った時も『ああ、そう。でも子どもが小さいんだから離婚はできないよ』とだけ。だから勝手に、好きな人がいて恋をしても良いんだと解釈した。好きな人ができると、その人と結婚すれば旦那さんよりもうまくいくはずと迷っていたけど、現実逃避のための恋愛がうまくいくわけがないと途中で気づいた」と話す。

 一方、3人の子どもを持つ寺尾氏は最近になって離婚。今は実家に戻り、母親と育児を分担しているという。育児については「子どもを産んで自分の時間が全然なくなる感覚は、本当に体験してみないとわからないかも。こんなにもそのことから逃げ出せないことが世の中にはあるんだ」と明かし、理解を示す。そして「この本を読んで『こんな夫婦ダメでしょう』『母としてあり得ない』と感じる人もいると思う」と謙遜する植本氏に対し、「いや、いっちゃんはすごく頑張ってる」(寺尾氏)と小さく放った一言に、理想とする夫婦像と、目の前にある育児との間には、経験したことのない者が想像するよりもはるかに大きな溝があり、またそれを外に吐き出すことを難しくさせる圧のようなものが存在するのだと感じさせた。

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