[サイジョの本棚]

『フリークス学園』は“中学の時イケてない芸人”が作った!? 米ポップカルチャーを身近にする『ヤング・アダルトU.S.A.』

2015/11/22 21:00

■『読んで、訳して、語り合う。都甲幸治対談集』(都甲幸治、立東舎)
■『動物翻訳家』(片野ゆか、集英社)

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 『ヤング・アダルトU.S.A.』の冒頭には、“米ポップカルチャーに大きな影響を与えた存在”として、小説家J.D.サリンジャーについて触れている。『読んで、訳して、語り合う。』は、そんなサリンジャーを生んだアメリカ文学を専門とする翻訳家・都甲幸治と、岸本佐知子、堀江敏幸、柴田元幸らによる対談集。そして、『動物翻訳家』は、動物の“声なき声”に耳を傾ける4人の飼育員たちの姿を追ったノンフィクション・ドキュメント。どちらも「翻訳」という言葉をキーに、「他者を理解しようとすること」を仕事とする人にアプローチしている作品だ。

「外国に住んでて外国語で暮らしている人って文化とか歴史とか発想の根本が違うから、こっちがどんなに寄り添っても違和感がある」(『読んで、訳して、語り合う。』)

「動物にも心や感情がある。だがいずれも人間にとってわかりやすいものばかりではなく、安易な擬人化は正しい理解をより遠ざけてしまう」(『動物翻訳家』)

 外国の小説を訳す翻訳家と、動物をケアする飼育員。まったく違う分野ではあるが、両作とも、簡単に理解し合えないことを前提に、それでもわかろうとすることを「翻訳」という言葉に託している点でリンクする。


 本当の意味で「他者の視点でものを見る」ことは不可能だ。人は自分の人生しか知ることができないし、寄り添ったつもりでも自己満足かもしれない。そんな曖昧な難題に向かって、両作に登場する「翻訳家」たちは、知識を深め、その上で想像力を働かせて試行錯誤することで、仕事を進めていく。極力、自分の価値観で相手を判断しない誠実な「翻訳」が、彼らの仕事に触れる私たちの世界をも広げているのだ。

■『ライバル国からよむ世界史』(関眞興、日本経済新聞出版社)

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 『読んで、訳して、語り合う。』の著者である都甲氏は、9.11前後の米国に留学し、結束するアメリカに直面した経験などから、「決して外国を仰ぎ見ず、なおかつ見下さない」という視点を同書の中でたびたび提示する。そのフラットな価値観を支える1つは、マイノリティーや移民の視点で語られることも多い、アメリカ文学を通した幅広い見識だろう。

 欧州の国境問題、ロシアのウクライナ侵攻、中東戦争からアフリカまで多くの例があるように、日中韓に限らず、隣国同士は往々にして火種を抱えている。駿台予備校の世界史講師だった関眞興氏が、国境・民族・宗教など、さまざまな理由で対立している世界中の歴史を取り上げ、その経緯と国際情勢への影響を読み解くのが『ライバル国からよむ世界史』だ。

 基本的には著者の解釈はあまり加えられず、事実関係がつづられる本書。世界中至る所で勃発する国々の対立は、国境の争い1つとっても、幾つもの歴史と経済が絡み合っていて、ほとんどのケースで「どちらかが一方的に悪である」と断定はできない。仰ぎ見ず、見下さない「ライバル国」という視点がしっくりくる。


 世界中にあるライバル国の対立の歴史は、近隣国を適切に理解することの困難さを教えてくれる。私たちは聖人ではないから、国同士でも個人同士でも、近くて利害の絡む相手に、冷静に向き合うことはできないのかもしれない。それでも、その困難の歴史を知ることが、自分と他者、自国と近隣国の関係を捉え直すきっかけになるはずだ。
(保田夏子)

最終更新:2015/11/22 21:00