拝み屋に洗脳された辺見マリが、娘・えみりに与えてしまった“不安”という借金
けれど、”不安”派は、そもそも「何か良くないことが起きる」と決めつけているので、医師の診断すら「誤診かもしれない」と疑いだす。“不安”に駆られた人がほしがるのは、安心のための理屈ではなく、壊れたレコードのように「大丈夫ですよ」と繰り返し言ってくれる人なので、詐欺師からすると、格好のカモである。「家族のため」「母の愛」という言葉が隠れ蓑となり、美談に仕立てられがちだが、過度の“不安”は、実は“依存”の一種なのである。
「ママには守ってくれる人がいない」という言葉は、マリのデビュー30周年記念リサイタルで披露された曲の歌詞の一部である。これは、当時16歳のえみりが母をテーマに作詞したものだという。えみりは、母を責めない。マリがヘアヌードになることを決めたときも、自分のギャラに手をつけられても母を否定せず、歌詞は「ずっとそばにいて」「ママのことは私が守る」で終わっている。
これもまた、母を思う娘の愛という美談風味だが、えみりは母親が厄介ごとを起こしても、見捨てるどころか、なぜか見捨てられる不安を抱えていて、母親を守ることが自分の使命と感じているということではないだろうか。不安が元でマリは不要なトラブルを起こし、一方、見捨てられるかもしれないという不安を抱えたえみりが際限なく母を許す……この関係は、互いに依存し合っているように感じられる。
現在、マリは手を付けたえみりのギャラを返すために、いわばえみりへの借金返済を目標に、仕事をしているそうだ。使い込みに対して、マリは「最低なことをした」と振り返ったが、金銭的な借金は完済可能だ。えみりにとって最もしんどかったのは“不安”というメンタル面の借金を負わされたことではないかと思わずにいられない。
仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。最新刊は『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)。
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