『時をかけるヤッコさん』トークショー

少女時代の原体験が、「これでいいんだ」と確信させる――『時をかけるヤッコさん』の強さ

2015/09/02 17:00
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『時をかけるヤッコさん』(文藝春秋)

◎少女時代の原体験が価値観になる
 スタイリスト第1号として道を切り拓いてきた高橋氏は74歳にしてとてもキュートで「永遠の少女」のような印象を受ける。ファッション業界や世界中を身ひとつで渡り歩いてきた彼女の「これでいいんだ」という強い確信は、なにから生まれてきたのだろうか。イベント終了後、高橋氏に聞いてみた。

 トークショーでは交換日記のエピソードが出ていたが、幼い頃の高橋氏に影響を与えていたものは何だったのかを聞くと、「5歳から養女として田舎で育ったので、東京という遠くにあるキラキラしたものへのあこがれや、そこに突き進んでいきたいという思いがずっとあった」という。高橋氏の地元の本屋には、中原淳一の少女雑誌「ひまわり」が置いてあり、小学1年生から夢中になって読み耽り、掲載されたぬいぐるみを手作りしたりしたという。また、「原宿の森茉莉になりたい」と宣言するほど強くあこがれた作家・森茉莉(※)の作品との出会いも大きかった。「ダイヤではなくガラスのかけらのキラキラを追い求めているのは、彼女の影響」だと目を輝かせて語った。ブランド名が価値を保証するようなアイテムよりも、自分をときめかせてくれるものや、チープ・シックへのあこがれが今でも根強くあり、その価値観が現在のスタイリストという仕事につながっているのだそうだ。

 一方で高橋氏は、十数年に渡って多忙に仕事をこなしてきたと同時に、結婚して子を育て、30代からは父親の介護もしてきた。今から20年程前には、親の在宅介護の果てに熟年離婚という経済的破綻、精神的なダメージも経験している。

 そんな経験から得た人生の教訓は、本書の中でも、高橋氏のブログに小学6年生から寄せられた質問への回答や、自身がFacebookに投稿した内容をまとめた文章「好きなコトを仕事にしてもがく若者へのメッセージ」として紹介されている。「好きなことをコツコツ続けること、好奇心と情熱を持ち続けること。大変でも、なにか喜びがあったら、苦労は飛び散ってしまいます」と綴られた言葉は、仕事のほかにも育児や介護、離婚など人生の苦難を乗り越えてきた高橋氏だからこそ出る言葉なのだとあらためて感じさせる。

 また本書は、全編を通して高橋氏が著名人たちと“ときめきながら”仕事をしてきたことがうかがえる内容になっている。常に好奇心を持って、人との出会いや好きなことにときめく姿勢があれば、どんな人生を選択したとしても良い方向に導いてくれるはずだ。高橋氏が時をかけて私たちに教えてくれることは、そんな人生における「少女のようなときめき方」なのかもしれない。


※森茉莉…森鴎外の娘で、小説家、エッセイスト。幻想的で優雅な世界を表現した作品で人気を博した。森鴎外からの溺愛が有名で「子どもがそのまま大きくなったような人」と周囲に評されていた。『贅沢貧乏』『私の美の世界』『甘い蜜の部屋』(いずれも新潮社)など。

(石狩ジュンコ)

最終更新:2015/09/02 17:00
『時をかけるヤッコさん』
ときめいてる自分すら客観視しちゃもったいない!