向田邦子×水羊羹、色川武大×氷いちご。作家の偏愛がおかしくも小気味よい『ひんやりと、甘味 』
■『迷う門には福来る』(ひさだかおり、本の雑誌社)
『背中の記憶』と同様に文筆業が本業ではない女性による、けれどもまったく方向性の違うエッセイ『迷う門には福来る』は、すがすがしく笑いたい時にオススメの1冊だ。
名古屋の書店に勤める“迷いすぎる主婦”の日常をつづった本作。駅から徒歩3分の場所でも地図を見ながら道に迷う。電車の乗り換えを間違える。駐車場で車を止めた場所にたどり着けない。「方向音痴」と呼ぶには少しスケールが大きい迷いぶりも素直に笑って読めるのは、迷ったときには太陽で方角を判断するような彼女のおおらかな態度に、潔さすら感じてしまうからだろう。
「道に迷ってしまったけど、回り道をしたからこそ得られたものがあった」というようないい話にはまったくつながらない、ただひたすら迷い、転び、「あれ?」と首をかしげるひさだ氏のリアルサザエさんのような日常をぜひ体感してほしい。
■『この世界はあなたが思うよりはるかに広い』(鴻上尚史、扶桑社)
Kis‐My‐Ft2宮田俊哉主演舞台『キフシャム国の冒険』や、風間俊介出演舞台『ベター・ハーフ』の作・演出も手掛けている劇作家・鴻上尚史。『この世界はあなたが思うよりはるかに広い』は、「週刊SPA!」(扶桑社)で20年以上続いている同氏の連載コラムから、今年4月までの2年分の時評エッセイがまとめられている。
話題は、掲載当時に話題になった社会問題から日常の身辺雑記まで多岐にわたる。基本的には男性向けに掲載されていたものだが、『キムシャフ~』を観劇したジャニーズファンの感想を眺めるところから始まる「熱中できるものを“選ぶ”難しさ」や、“恋愛をしたいけど無理だと思っている人”に向けて語る「恋愛と野球(※WEB上で試読可能http://nikkan-spa.jp/899131)」など、女性が読んでも違和感のないエッセイがほとんどだ。
1回4ページと短く、最初は「NHK地上波で初めて『玉袋筋太郎』がクレジット表記を許された」というような、軽い話題のニュースを気軽に読んでいたはずなのに、読後には自分や周りの物事について考えさせられてしまう手法は鮮やか。本作全体に通底する「一方的な考え方には風穴を開けよう」という考え方が、自分自身の視界が知らず知らず凝り固まっていたことに、笑いながら気づかせてくれる。
(保田夏子)