カルチャー
『小林カツ代と栗原はるみ』著者インタビュー(前編)

「母から受け継ぐもの」という幻想と、クックパッドの台頭。料理と女性の“距離”はどう変わったのか

2015/07/29 13:00

――昔は新婚さんにレシピを教えるのが料理研究家の役割だったけど、今はクックパッドなどの投稿レシピサイトがあります。クックパッドは料理の入り口としてはすごく便利ですが、賛否両論も。特に男性は、「料理は女性が母から教えてもらうもの」という幻想を持っているがゆえに、ユーザー同士が簡単なレシピを教え合うことに違和感を唱えているようなフシも。

阿古 でも彼らのお母さんたちは、初心者向けレシピを載せていた当時の「主婦の友」をきっと読んでますよ。メディアが変わっただけ。レシピの素晴らしいところは、まったく作ったことがないものでもレシピを見たら作れるということ。クックパッドの是非は相性の問題もあるのでなんとも言い難いですが、料理ができないから無理という状態に比べたら断然いいと思います。

――クックパッドは7月から隔月刊の定期料理生活誌「クックパッドmagazine!」(宝島社)を創刊しました。この動きを、どうご覧になっていますか?

阿古 クックパッドのような集合知の知恵と、料理研究家の提案するレシピは共存していくと思います。集合知は新しいものの、ヒットを生み出す効率の悪さがあるので、一貫性のあるレシピを提案する料理研究家の存在、その個人を通して伝わっていくものは求められるはず。松浦弥太郎さん(※)という力のある編集者が入ったことで、クックパッドもブラッシュアップはされるでしょう。クックパッドで始めてうまくいく場合もあるけれど、うまくいかずに料理が嫌いになる人もいると思うんですよ。

――料理の基本工程が省かれているレシピが多いですからね。

阿古 そうなんです。キャベツが余って困ったというときに、自分になかったアイデアを得るという使い方はありだと思うんですよ。でも、まったくの初心者がクックパッドでイチから料理を学ぶには、ハードルが高い気がします。

――レシピを投稿する側には、レシピを通して自分を認めてもらいたいという承認欲求がありますね。

阿古 どうして料理研究家が誕生したのかといえば、料理上手な人が周囲の人に請われて教えたことがいつの間にかメディアに載って、料理研究家という肩書がつく、という大まかな流れがあるんです。なので、「これ思いついた、これおいしかった」という情報をシェアしたい思いと、人間としての基本的な欲求の1つである自己表現の欲望が、メディアを得たことで広まってるので、時代の必然という感じはしますね。
(後編へ続く)

※松浦弥太郎……文筆家。2006年~15年3月まで総合生活雑誌「暮しの手帖」の編集長を務め、4月からクックパッドに入社。身に着けるものから食べ物、そして生活までインスタントなものを排除し、“本物”を愛する一貫した姿勢が男女問わずに幅広い層から支持を得る。

阿古真理(あこ・まり)
1968年兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『昭和の洋食 平成のカフェ飯 家庭料理の80年』『昭和育ちのおいしい記憶』『「和食」って何?』(いずれも筑摩書房)など。

『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』

高度成長期に人気を博した江上トミから、栗原はるみの息子・栗原心平まで、戦後日本の食文化をけん引してきた料理研究家の人生や、彼/彼女たちが台頭してきた社会背景を分析。料理研究家を追うことで、同時に時代ごとの女性の生き方の変遷をもたどっている。また、ビーフシチューのレシピを定点観測することで、料理研究家の思想・スタンスが対比しやすくなっている。


最終更新:2015/07/31 00:23
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