「きもの」は、おばさんのなけなしのナルシシズムを慰める――「和」にハマる中年女性
まず、体形を気にしなくて済みます。気になる腕と脚をすっぽり覆い隠し、前を深く合わせる形に覚える安心感。しかもピチピチのナイスバディより、寸胴に近くなった中年体形の方が補正が少なくて済むというメリットが。それと関連して、年齢を気にしなくて済みます。中高年女性はきものの持つ伝統美で、加齢を味方につけることができるのです。くたびれたおばさんでも枯れたおばあさんでも、きものスタイルで歳相応の魅力が引き出される。年季の入った顔まで、どこか味わいのある風情に見えてくる。きものは、おばさんに優しい。
……いや、実際は違う場合もあるかもしれませんよ。でもファッションで大切なのは思い込みです。「大昔、成人式に着た時より今のほうがずっとしっくりくるじゃない?」「これなら私もまだいけるかも」と思わせてくれるのも、デザインに変化のない古典的な衣装ならでは。洋服ではなかなかこうはいきません。
最後に、きものを通じて新しい世界が広がります。きものに関心が出てくると、柄や文様の意味、織物の特徴と産地、染色や刺繍の伝統技術、さらにはきものの歴史、きものと関わりの深い日本文化など、芋づる式にさまざまなことを詳しく知りたくなります。そして当然、それらに関連した催しや展覧会に、ちょくちょく出かけるようになります。もちろんきもので。
若い頃より時間とお金に若干の余裕が出てきたおばさんにとって、きものは積極的に機会をつくって着るもの。友達と浴衣会などを企画したり、歌舞伎や狂言など、きものと馴染みのいい観劇に出かけたり、中にはお茶を習い始める人も。
若い人の自由でユニークな着こなしを「面白いなぁ、かわいいなぁ」と眺めつつ、中年できものに嵌ったおばさんは基本的に正統路線を守ります。今更冒険する歳じゃありません。でもルールにがんじがらめの堅苦しいのは嫌いだし、あまりにお高いものも遠慮したい。気楽にきものとつきあいたい。本格的に着始めてそれほど月日はたっていないけれど、できれば30年くらい着ているような顔をして着たい。きものを着慣れた粋で通な人に見られたい。
圧倒的に洋服が多い街中で結構目立つきものは、着る人の自意識を存分に刺激してやみません。顔馴染みの店に立ち寄れば、「素敵ですね」と声をかけていただける。なんだか皆が優しくなる。もう歳だしいくら頑張ってもねえ……とおしゃれをあきらめ気味だったおばさんにとって、きものはなけなしのナルシシズムを守り、歳をとるのも悪くはないなと思わせてくれる魔法なのです。
大野左紀子(おおの・さきこ)
1959年生まれ。東京藝術大学美術学部彫刻家卒業。2002年までアーティスト活動を行う。現在は名古屋芸術大学、京都造形芸術大学非常勤講師。著書に『アーティスト症候群』(明治書院)『「女」が邪魔をする』(光文社)など。共著に『ラッセンとは何だったのか?』(フィルムアート社)『高学歴女子の貧困』(光文社新書)など。
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