カルチャー
ポーラ・荻野和子氏インタビュー

「ジューシィメイク」「ロースキンメイク」トレンドの“顔”が映し出す、女の願望と社会

2015/07/26 19:00
荻野和子氏

――例えば、ジューシィメイクは、どのような女性を演出していると分析しますか?

荻野 ジューシィメイクの一番の特徴は、チークを顔の中央に置くこと。本来チークは黒目の延長線よりも外側に入れて陰を作り、顔に立体感を作るためのものでした。顔が立体的になると大人びて見えます。ところが、中央にチークが入ると赤ちゃんの顔のように平面的になり、幼く見えます。このメイク法は「エロっぽい」と表現されていますが、いわゆる欧米ふうのセクシーさではなく、若く可愛らしいイメージ。その裏には「そう見えた方が得だ」という現代女性の意識があるのだと私は思っています。

 というのも、今は「女性活用」が叫ばれていますよね。働いた上で結婚、出産、育児もしなければなりません。そんな時代の流れに30代後半~40代の女性が疲弊しているのを見て、20~30代は逆に専業主婦願望を強めているという話も聞きます。そこで生き延びるための知恵として、こうした若く見える可愛らしいメイクがはやりだしたのではないでしょうか。社会が求めている役割を表現していたら、こうした甘いメイクにはなりません。彼女たちの「こうありたい」という気持ちが表れているのです。

――確かにジューシィメイクは、か弱そうなイメージがあります。チーク以外にも、太眉がそのイメージを増幅しているようです。90年代の細くつり上がった眉とはまったく違いますし、80年代バブル期の存在感がある太眉とも違います。

荻野 今は、パウダリータイプのケーキアイブロウでポワポワッとさせる太眉がはやっています。これも若さの象徴。生まれたままの産毛のようなイメージです。角度をつけず真っすぐに眉を描くのも、顔が平面的になって幼く見えますし、角度がついて動く眉に比べて表情がわかりにくく人形のようにも見えます。10~20代の子が自撮りするとき、よく困ったような表情をしていますね。これも、見る人に「手を差しのべたくなる」ような気持ちにさせる演出の1つと分析できます。

――ジューシィメイクは日本独自のメイクなのでしょうか。海外では、こうしたメイクははやっていますか?

荻野 完全に日本オリジナルのカワイイカルチャーです。若く見られた方がチヤホヤされるというのは、いかにも日本的。海外の人が見たら不思議な顔に見えるようで、「人形みたい」「精神的に未成熟に見える」「何を考えているのかわからなくて気持ち悪い」といった意見を聞きました。

 日本のトレンドメイクを振り返ってみると、60年代はモデル・ツイッギーに影響されてつけまつげがはやり、90年代はスーパーモデルを真似てベージュ色のリップを使うなど、これまでは欧米の影響を受けることがほとんどでした。それが、ここ10年ほどは東京発信、原宿発信の流行が多く、今のメイクを見ていても、きゃりーぱみゅぱみゅに影響を受けているようにも思います。トレンドメイクのガラパゴス化が進んでいます。

「大人のカジュアルには『生肌(ロースキン)ファンデーション』がよく似合う!」というメイク企画も(「Domani」2015年8月号、小学館)

■「肌がきれい=ていねいな生活をしている」という演出

――色味を抑えてすっぴんふうの顔を追求する、ロースキン派についてもお伺いします。日本の女性は全体的に肌を重視する傾向が強いように思います。

荻野 ポーラ文化研究所が15~64歳の女性1,500人を対象に行った「女性の化粧行動・意識に関する実態調査2014」で、「メイク時に重視するパーツ」について、「肌」という回答が「眉」と並んでトップの43%でした。

 ロースキン派は、ファンデーションを塗らないことをよしとしているんですが、実際のところは、その手前の肌色補正効果のある日焼け止めなどを塗っていることが多いですね。「素肌がきれい」と思われたいようです。その裏には「素肌がきれい=ていねいな生活をしている」と見られたいという心理があると分析できます。また、メイクが派手だとメイクに時間をかけ、ほかのことをおろそかにしているように見えるという危惧もあるようです。

――つけまつげの流行など、目元を重視するメイクが長らく流行していましたが、肌にシフトしたのはなぜでしょうか?

荻野 目は自分で作り込んで“盛る”ことが簡単にできるのですが、盛れば盛るほど非日常的な仮装のようになってしまいます。それよりも肌を作り込んだ方が、人の「触ってみたい」という気持ちをかき立てる、自然な色気が出せます。もともと日本人には「色の白いは七難隠す」と、肌が白くきれいなことがいいという価値観が根強くあることも理由の1つです。

 もう1つ、東日本大震災の影響も強くあります。震災前は、目元をゴージャスに見せるアイメイクが主流でしたが、震災で物質的なものはもろくて壊れやすいと感じ、本質的なもの、すなわち素肌の美しさを求めるようになったとみられます。

――5年もしない間に、メイクのトレンドは大きく変わったわけですね。

荻野 一般的に、女性は男性に比べて流行や変化を柔軟に受け止め、それを楽しむ性質があります。ひと月の中でもホルモンバランスは違いますし、ライフスタイルも結婚、子育てと激変することが多いので、そうした変化に対応して、自分の姿も変えていかないとやりきれないというところがあるのでしょう。

 かつてトレンドは、メーカー側が仕掛けていた部分もありました。しかし、今はメーカーよりもSNSなどで発信力の強い人、いわゆるインフルエンサーの力が大きい。いろんな提案や情報があふれ、受け手の情報整理の成熟度も上がっています。その中で、自分の価値観に合ったものを見つけたら飛びつく、という状況になっています。ただ、それでもずっと変わらない部分もあります。いわゆる“ハーフ顔”に対するコンプレックスです。肌が白くなりたい、目は二重で大きくなりたい、鼻筋が通って小顔になりたいといった願望は昔から今も根強く残っています。

――メイクの今後は、どうなると思いますか?

荻野 SNSによって自己顕示欲が簡単に満たされますし、同じ価値観を持つ人たちと共有しやすくもなっています。「みんなと同じメイクじゃないと変」と感じる人は少なくなりました。また写真の写り方もうまくなり、あごを細く見せるためにストローを小道具として使うなど、ポーズもよく研究されているなぁと。メイクだけでなく、自分を可愛く見せることに対する満足度は高くなってきているのではないでしょうか。お仕着せではなく、個人が思い思いのメイクを楽しむ時代が今後も続くと思います。
(構成/安楽由紀子)

荻野和子(おぎの・かずこ)
ポーラ アンチエイジング美容研究室。専属美容コーチとして、新体操日本代表“フェアリー ジャパン POLA”のメイクを担当するほか、女性がん患者のメイク&フォトプログラムプロジェクトに参加するなど、幅広く活動している。

最終更新:2015/07/26 19:00
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