宝塚マンガを超えて響く『淡島百景』、女子歌劇学校に渦巻くあこがれと憎悪に見える先
女子マンガ研究家の小田真琴です。太洋社の「コミック発売予定一覧」によりますと、たとえば2015年4月には999点ものマンガが刊行されています。その中から一般読者が「なんかおもしろいマンガ」を探し当てるのは至難のワザ。この記事があなたの「なんかおもしろいマンガ」探しの一助になれば幸いであります。前編では4月の話題と女性マンガ誌の最新情報をご紹介します。
【話題】『淡島百景』『かげきしょうじょ!!』『すみれの花咲くガールズ』…宝塚マンガの快進撃はまだまだ続く!
帝王・柚希礼音の卒業という一大イベントを以って、101周年を迎えた宝塚歌劇団はまた新たなサイクルへと突入いたしました。近年のこの盛り上がりによって観客数は増加傾向にあるらしく、チケットが取りにくくなってきたという話も小耳に挟みます。そんな中、マンガ界でもはるな檸檬先生の『ZUCCA×ZUCA』(講談社)以降、ヅカものが花盛りであります。
4月13日に発売された志村貴子先生の『淡島百景』1(太田出版)は、宝塚をモデルとしたと思わしき女子だけの歌劇学校が舞台です。時に生徒の立場から、時に教師の立場から、そして時にファンの立場から語られるそれぞれのストーリーは、演劇ものならではの豊かな関係性の妙にあふれています。友人であり、ライバルであり、あこがれであり、そして憎悪の対象でもある同級生たち。関係性は固定化されることなく流転し、そこにスリリングなドラマが生まれます。
1巻の白眉はやはり「伊吹桂子」のエピソードでしょう。第3話では特待生・岡部絵美に卑劣な嫌がらせをくり返すいじめっ子として登場した伊吹桂子は、第4話ではなんと歌劇学校の教師となっています。実は彼女の祖母と母も淡島歌劇団員であり、中でも際立った美貌に恵まれた祖母は、その外見とは裏腹に口が非常に悪く、ことあるごとに思春期にさしかかった桂子の容姿を「父親の血が濃いせいかしら。あんたは少しお直しが必要だね」などと貶していたのです。そんな祖母を桂子は憎悪し、今際の際にある彼女の耳元で「そんな大層な人間でもないでしょうに。とっとと苦しみながら死ね」などとつぶやいて、精一杯の復讐を果たしたりもするのでした。
そんなにも憎んでいた祖母に、図らずも自分が似てしまっていたことに気づいたのは、いじめていた岡部絵美からまさかの反撃を受けた時のことでした。「皮肉なもので唾を吐かれた私の顔は、さぞかし祖母にそっくりだったことだろう」。後悔の言葉が続きます。「人ひとりの人生を壊して幸せになれるというなら、祖母の人生を認めなくてはならないことになる」「それだけは死んでも嫌だった」「風の便りで岡部絵美が死んだと聞いた」「詫びたい人間はもうこの世には居ない」「ごめんなさいという言葉がむなしく散っていく」「ごめんなさい」「ごめんなさい」「言うほどに安くなる言葉!」。
彼女が教師になったのはその経験があったからこそでした。「私は私のような人間を、岡部絵美のような人間を、もう見たくはなかった」。生徒から歌劇団員となり、そして教師となった今も、その罪の意識からは逃れられません。「いい加減、自分の人生から降りてしまいたいと思う」「しかし私は考えることをやめるわけにはいかない」「考え続けなければならない」「私を恐れながらも慕う生徒に甘えてはならない」。
彼女が逃れられなかったのは罪の意識だけではありません。結局はこの「淡島歌劇団」という場所からも逃れることができなかったのです。しかしそれは単に罪滅ぼしのみのためだったのでしょうか? 彼女は今日も教壇に立ちます。人生の苦みや運命の綾が凝縮された、なんとも滋味深いエピソードです。
以前にもこの連載でご紹介した斉木久美子先生の『かげきしょうじょ!』(集英社)もヅカものの傑作です。現在は媒体を「ジャンプ改」(集英社・休刊)から「メロディ」(白泉社)へと移し、タイトルに「!」が1つ増えて『かげきしょうじょ!!』となって絶賛連載中です。現在発売中の「メロディ」6月号(白泉社)に掲載されている老教授のエピソードもたまりませんね。
変わり種が5月29日に第2巻が発売される朱良観先生の『すみれの花咲くガールズ』1(小学館)。宝塚を愛して止まない高校生男子が主人公で、笑いあり涙ありの楽しい青春群像劇です。各エピソードのタイトルが「Heat on Beat! 僕には見えたよ! 君は未来のトップスター…!!」「EXCITER!! 雲の上から舞い降りたスター!? 汝の名は海乃咲…!!」といった具合に宝塚テイスト全開で、これらのタイトルの由来を解説した中本千晶さんのコラムも宝塚初心者にはぴったりの内容です。ご興味あればぜひ!!