「たかが籍だと思っていた」姑の最期を看取った後妻は、お通夜と告別式から締め出された
■姑の告別式には正妻が
姑に嫌な感情を持つことのなかった宮野さんは、姑にがんが見つかって入院生活を送ることになっても、病院に足しげく通った。姑はいったん元気になって自宅に戻ったものの1年後にがんの転移が見つかり、再入院。それから容体は急激に悪化し、再入院から数カ月で亡くなった。その間も、宮野さんは夫と交代で病院に詰めて、看病をした。
「子どもたちもおばあちゃんのことが大好きでしたので、学校帰りに病院に寄ったり、毎週末にはお見舞いに行ったりしていました。長患いではなかったから、結果的にはよかったと思います。義母にとっては、つらい闘病生活だったでしょうが、それでも最期は私たちに『今までありがとう』と感謝の言葉まで伝えてくれて立派だったし、私たちにとっても納得のいく最期でした」
この連載では珍しいくらい、美しい結末……のようだが、そうそうきれいごとだけで終わらないのが人生というもの。宮野さんが姑とお別れできたのは、病室が最後となったのだ。
「お通夜も告別式にも、喪主である夫の横には正妻さんとお嬢さんが座られるので、私と子どもたちは、家でおばあちゃんの冥福を祈るしかできませんでした。それはわかっていたことだったので、お別れは病院の安置室で済ませていました。でもお通夜や告別式で、お経を聞くことも、お線香をあげることもできないって、結構こたえました。子どもたちだけでも出席させようかとも思ったのですが、向こうのお嬢さんと初めて対面するのがおばあちゃんのお葬式というのも微妙かなと思って……」
宮野さんと子どもたちが姑と再会したのは、お骨になって自宅に戻ってきたときだった。
「なんだかいまだに中途半端な気持ちですね。今の状態は、自分では十分納得していたはずだったのに。たかが籍だと思っていたんですよ。でも、やっぱり籍は重かった。私の父親が亡くなるまで、ずっと私たちの籍のことを心配していましたが、父の気持ちがようやくわかった気がしました。親不孝だったと痛感しています。それから、前の奥さんが絶対籍を抜かない理由も理解できました。理解してちゃいけないですけどね」
思い出したのは、『殉愛』(幻冬舎)ではなく、仁科仁美の方だった。