少女たちの自立を描く『娘の家出』――“伝統的な家族”の枠外にある家族の感情
女子マンガ研究家の小田真琴です。太洋社の「コミック発売予定一覧」によりますと、たとえば2015年2月には978点ものマンガが刊行されています。その中から一般読者が「なんかおもしろいマンガ」を探し当てるのは至難のワザ。この記事があなたの「なんかおもしろいマンガ」探しの一助になれば幸いであります。前編では2月の話題のマンガと少女マンガ誌の最新情報をご紹介します。
【話題】マンガが描く多様な「家族」のありよう
東京都渋谷区が、LGBT(性的マイノリティ)のカップルに対して「結婚に相当する関係」と認める証明書を発行するというニュースは、各方面にさまざまなリアクションを巻き起こしました。隣の世田谷区が追随して同様の条例案を準備し始める一方で、右派系市民団体が渋谷駅前広場で醜悪な抗議行動を展開し、「自分は伝統的な価値観の中で育ってきた」と言う自民党の谷垣幹事長は「自分の価値観に従って述べてよいかどうか、非常に迷うところだ」と前置きしつつも「法律ができていないときに条例だけで対応していくことは、社会生活を送る制度の根幹であるだけに、いろいろな問題を生むのではないか」などと懸念を表明しています。「伝統的な価値観」や「いろいろな問題」が具体的に何を指すのかいまいちよくわかりませんが、自民党がこの件に関してあまり前向きでないことはよくわかりました。しかし今こそ「家族」の多様なありようを考えるべきときではないでしょうか。
そこでぜひ読んでいただきたいのが、2月に第2巻が発売されたばかりの志村貴子先生『娘の家出』(集英社)です。「娘」も「家」も「家族」と深く関わる言葉でありますが、本作は「家出」という行動に代表される、少女たちの自立への道を描いた連作集であります。そしてその過程においては、非常にさまざまな家族の幸せと不幸せとが活写されているのでした。
父親がゲイであることをカミングアウトし、妻子を捨てて恋人の年下男性と同棲しているというまゆちゃん。兄と姉が立て続けに離婚し、ともに子どもを連れて実家に帰ってきてしまったため、居心地の悪さを感じているニーナ。父親は有名なミュージシャンで、母はその元「おっかけ」。若気の至りで付き合い、そして妊娠したものの、父親は逃げ出し、その後は母ひとりに育てられたあやか。学校になじめずひきこもる美由と春菜の姉妹。おそらく本作に登場するどの家庭も、谷垣幹事長の言う「伝統的な価値観」からすれば、その枠外にあるものばかりでしょう。
何が解決するというわけでもありません。大仰な物語もありません。そこにはみなが「家族」というかけがえのない存在を大切に思う気持ちと、でも近すぎるがゆえになかなかうまくはいかないもどかしさとが描かれるばかりです。そして安直なカタルシスを用意する代わりに、志村先生はそれぞれの心情を深く深く掘り下げていきました。いっそ憎めたらどんなにか楽なことか。無条件に愛せたらそれはどれだけ幸せなことだろう。しかし家族ゆえにそこには複雑な感情がついて回ります。黒か白かでは割り切れないグラデーションの中間にあるそれぞれの思いを、志村先生は優しい眼差しでもって丁寧にトレースしていきます。
自分が物心つく前に逃げ出したミュージシャンである父親にあやかは心の中で語りかけます。「大切な人たちを傷つけたあなたのことを、わたしはたぶん一生許しません」「あなたのことを背負う義務もありません」「あなたの事情を慮る義理もありません」「いまどんな気持ちですか?」「虚しいですか?」「後悔してますか?」「せめてわたしだけでもクズと呼ばずあなたのことを忘れます」「さようなら」。この感情をひと言で言い表すことなんてとてもできません。
第三者には計り知れないほど数多くの要因が複雑に関わり合ってくるのが「家族」というシステムなのですから、種々様々なそのありようを通り一遍の考え方で理解できるわけがないのです。家族の数だけ問題は存在します。にもかかわらず、政治家たちは家族を枠に押し込んで捉えようとする。そうして政治家が考える「伝統的な価値観」からあぶれてしまった存在がLGBTの人々であり、あるいは例えばあの川崎の凄惨な事件の被害者家族であり、感謝の押しつけも甚だしい「2分の1成人式」で悲しい思いをする子どもたちです。
2月6日に発売された南Q太先生の『グランメゾンむらさきばし』1(芳文社)で描かれるのは、シングルファザーとシングルマザーのもどかしい恋です。シングルマザーである美穂の息子、20歳の竜丸は、主人公に手料理を褒められてこう述懐します。「美穂は仕事大好きだから、仕事ばっかしてたから」「したら美穂の親…じいさんばあさんがなんか文句つけてきて」「子ども放りっぱなしでかわいそうだとか何とか」「オレを引きとるとか言いだしてきて」「冗談じゃねーと思って」「大丈夫だってところあいつらに見せないとって思ったから」「それで料理覚えたんだ」。なんて美しいエピソードでしょう。そういえば「シングルマザーは恋愛するな」なんて言ってる作家もいましたね。
マジョリティとは違う、だけど確実に存在して、人には言えない悲しみを抱いている人々を、マンガというメディアは鮮やかに掬い上げます。マンガのそういう優しいところが、私は大好きです。