種明かしナシのマジックで事件解決!? ツッコミどころしかない推理少女マンガ『マジシャン』
そして催眠術。彼はまた類い稀な催眠術の技術を持っているのである。悪者を操って悪事を暴露させたり、自殺に追い込んだり、もう思いのまま。さらに特筆すべきは、彼は窮地に立つと、自分を仮死状態にすることができること。「すわ、屋敷が火事になり、逃げ込んだ防空壕で窒息するしかない!」という状況で、彼は自分を仮死状態にして難を逃れるんである。悪者に薬飲まされて眠らされそうになったときも、仮死状態になって脱出。いやー、ピンチになったときに自ら率先して意識を失える勇気がすごい。そんな昌吾に、近所の警察官・杉田というのが、よく事件の解決を頼みに来るんだけど、マジシャンに現場を見せて解決してもらう警察って、どんだけ無能なのよ。
しかしこんなにいろんな技を持ってるのに、昌吾はあるトラウマのせいでマジックショーの世界から身を引いてしまった。一体何して生活費を稼いでるのか、まったく不明である。後になって、昌吾も由貴も、「実は実家が金持ちでした」ってことがわかるんだけど、2人とも財産には興味がないらしく放棄している。お願いだ、2人がどうやって食ってるのか誰か教えて。
そしてそんな由貴と昌吾は、巻が進むにつれて共依存ムードが高くなっていき、お互いちょっとでも離れていると不安でしょうがないといった感じになっていく。そもそもこの2人は、「過去にあるかわいそうな事件に遭ってしまった由貴を、昌吾が保護という立場者から見守っている」という関係性なのだが、それが少女マンガらしく徐々に恋愛へと発展していくのだ。
で、あるにもかかわらず、話中でもっとも不可解なのは、由貴の初体験の相手がはっきり描かれておらず、結局誰だかよくわからない点である。第一候補はもちろん昌吾なんだけど、明確な“初めて”描写があるわけではなく、裸で抱き合って朝を迎えた……のかな? くらい控えめなのだ。この2人、長く一緒に住んでいて、相手の寝室にも勝手に入るし、しょっちゅうベタベタしているけど、間違いなく話の中盤までは何事も起こっていないので、ここで本当に何かがあったのかは疑わしい。リアルなら間違いなく何かが起こって然るべき状況だけに、読者をやきもきさせる。
そうこうするうちに、第二候補である悪者のイケメン・ルイスが登場する。由貴はこのルイスさらわれてしまい、彼は昌吾に「意識を失った由貴を抱いた」と告白するのだ。しかしたいていの少女マンガの場合、望まない相手と主人公は“しない”ことになっているので、「どうせあとで、『アレは嘘だった』とか言うんだろ?」と思って読んでたら、昌吾は「由貴の心が奪われていなければ構わない」とか言ってルイスの告白をスルーし、由貴も記憶を消されて覚えてないしで、結局「嘘でした」の弁解シーンもない。やったのかやってないのか、さっぱりわからないのだ。
昔の少女マンガのプラトニックな恋愛は結構好きだけど、こうも微妙な表現ばかりいっぱいあると、「お前は一体、誰といつやったんだ!」と聞きたくなる。エロいシーンが読みたいわけではないけど、そこはちゃんと教えてくれ的な。でも、もし相手がルイスだとしたら、記憶もない上に誰からもなんのフォローもなくて、かなりかわいそうだ。ま、幸せな処女喪失なんてリアルでも滅多にないけどね。
と、まあ盛りだくさんで非常に面白い作品だけど、あえて疑問を呈させてもらう。昌吾がマジックで窮地を救ってくれるのはいいけど、由貴は近所をウロウロするだけで通りすがりの人や元同級生の殺人事件に巻き込まれているので、多分呪われてるか、何かにとりつかれてるんだろう。つきあうなら、マジシャンよりも根本的解決をしてくれる祈祷師とか神主さんがいいと思います。
■メイ作判定
名作:迷作=1:9
和久井香菜子(わくい・かなこ)
ライター・イラストレーター、少女漫画研究家。『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。ネットゲーム『養殖中華屋さん』の企画をはじめ、語学テキストやテニス雑誌、ビジネス本まで幅広いジャンルで書き散らす。街で見かけたおかしな英文から英語を学ぶ「Henglish」主宰。