「手厚い介護は誰のためなのか?」“高学歴ヘルパー”が抱える懐疑心
「セクハラまがいの発言はたくさんありますよ。そういうのをうまくあしらうのも仕事の1つ。幸い、私はそれ以上の被害にはあっていませんが、同僚は結構怖い思いもしているようです。触られる程度からもっとエスカレートすることもあって、拒否すると逆ギレされたとかも聞きます。高齢とはいえ、男性は男性ですからね。密室で2人きりというのは、やはり危険な場合もあります。もっともそういう“前科”のある利用者さんは、事前に情報が入っているので、事業所が男性ヘルパーを派遣するなどして調整しているはずです」
■ヘルパーの限界を感じながらも資格取得を目指す
一時は「これが天職」とまで思った知性派ヘルパー落合さんだったが、最近は介護という仕事について少々懐疑的になっていると言う。
「ヘルパーの限界を感じることが多いんです。例えば今担当している利用者さんの足が膿んでしまっているのですが、ご本人は薬も塗ろうとされないので、どんどんひどくなっています。これ以上放っておけないと思っているのに、私に病院に連れていく権限はありません。娘さんに連絡を取ってもらったのですが、『母のしたいようにさせてください』とおっしゃるんです。娘さんは、お母さま思いで評判のいい方なのですが、それが果たしてご本人のためなのか。本当に体のことを考えたら、嫌がっても病院に連れていくべきですよね。母親の好きなようにさせることとは反する場合もある。ジレンマを感じますね」
漠然と抱えていたそんな思いが決定的になったきっかけは、落合さんが読んだある本だった。
「篠田節子さんの『長女たち』(新潮社)という本を読んだんです。なかでも、インドの山奥で医療活動をする女医さんを描いた第2話に衝撃を受けました。現代医療を拒絶する現地の人たちは、偏った食生活で突然死が多いのですが、主人公と前任の医師は現代医療を施し、正しい食生活を啓蒙しようとします。それでも、彼らは現代医療で長生きさせられることは、決して幸せではないと現代医療を拒絶するんです。うまく伝わらないかもしれませんが、私たちがやっている手厚い介護も本当に高齢者のためになっているんだろうか、という思いが強くなったんです。正直なところ、利用者さんには『やってもらって当然』という人も多い。ヘルパーをお手伝いさんだと思っているような方もいます。生活保護を受けている利用者さんが、お小遣いをくれようとするんですよ。なにか根本から間違ってるんじゃないかと思えて仕方ないんです」
それでも落合さんは「介護福祉士」の資格取得を目指している。「模擬試験も受けてみましたが、申し訳ないくらい簡単」と苦笑しつつも、「周りが当然合格するものと思っているので、絶対に落ちるわけにいかない」と気を引き締めている。
落合さんのような人たちがいる限り、介護業界の未来は決して暗くない。