「少女」たちの恋心が向かう先は――? 『わたしのマーガレット展』が語る恋愛の“時代”
現在、六本木ヒルズ・森アーツセンターで開催中の『わたしのマーガレット展~マーガレット・別冊マーガレット 少女まんがの半世紀~』(10月19日まで)。集英社が誇る、少女まんが誌の創刊から現在までをカラーを含む原画や貴重な資料で辿っており、あらためてその歴史を俯瞰してみることができる。
しかし、同展を「少女まんが史の軌跡」という一面的な見方だけで見るにはあまりにもったいない。『わたしのマーガレット展』は、戦後から現在まで、「少女」たちが恋する心をどうやって培い発芽させてきたのか、その歴史をも示しているからだ。
それを感じさせてくれるのが、入場してすぐに案内される「カレイドスコープシアター」というブースだ。たった3分間半ほどの映像だが、「あなたに出会えてよかった。」「こんな気持ちは一生のうち最初で最後だと」と恋に震え、“永遠”を祈るようなセリフとともに、マーガレット・別冊マーガレットの名作の中から珠玉のシーンがひとつの物語のように紡ぎだされる。「100のキス…・Love & Kiss Forever」と名付けられた映像の後半には、名作のキスシーンが畳みかけるように幾重にも映し出され、その甘酸っぱい世界観に恥ずかしくなってしまうほど。純粋に恋に焦がれ、将来の自分がどんな恋愛をするのか(そもそも恋愛ができるのか)と、あこがれと不安がせめぎ合う「少女」だった日々を思い出すだろう。
創刊号から順に展示されている原画を見ながら感じるのは、時代ごとに変わりゆく、読者と恋愛との距離だ。創刊した1963年~70年の人気作は、ロシア革命に翻弄される1人の女性を描いた『白いトロイカ』(水野英子)といった骨太な作品も多い。ラブコメディと原点とも言われる、教師と女学生の“秘密の夫婦”を描いた『おくさまは18歳』(木村三四子)の主人公は、日本人ではなくアメリカ人の設定となっている。『白いトロイカ』の作者・水野は、デビュー当時を振り返り、「当時の主流はお涙頂戴の継母ものや生活漫画でした。でもね、私は<日常>が大嫌いだった。日本は焼け野原ですよ。田舎なんて本当に何もなくて汚くて。その上、『男の子はこうでなきゃいけない。女の子はこうであるべき』って価値観を一方的に押し付けられる。それが一番いやだった」(『わたしのマーガレット展』公式図録『LOVE and…』より引用)と語っており、水野だけでなく読者も同じ思いだったからこそ、国や時代を変えた作品を通してしか、恋愛というものを受け入れられなかったのではないだろうか。
70年代に入ると、マーガレット・別冊マーガレットに新たな波が押し寄せてくる。60年代末からのスポ根まんがブームが興隆を極め、アニメ化までされた『アタックNo.1』(浦野千賀子)や『エースをねらえ!』(山本鈴美香)をはじめ、フィギュアスケートのペアを組む男女の恋愛模様を描いた『愛のアランフェス』(槇村さとる)といった名作が数多く生まれた。そして、72年には、少女まんが史に燦然と輝く名作『ベルサイユのばら』(池田理代子)の連載がスタートする。スポ根マンガとフランス革命を材にとった歴史モノ――つながりのないように思えるこの流れだが、作者が作品に込めていたメッセージは実に似通っている。
「私ね、スポーツものを描いても、スポーツそのものよりもその世界に生きる女性のことを描いてしまうんですよ。描きたいテーマは『アランフェス』のころから変わらない。『自立を求める女性』です。いつも男の人から自立する、という展開になるのは、私がずっと男の人に対して怒っているから」(槇村)、「女性も男性と平等なんだ、というテーマは描きながら出て来たものです。当時は今の働いている女性には想像もつかない立場に置かれていた」(池田、いずれも『わたしのマーガレット展』公式図録『LOVE and…』より引用)と、男性と同じ目線に立つ“強い女”を意識していたことがうかがえる。恋愛結婚がお見合い結婚の割合を抜き、形の上では女性が「対等な恋愛」を手に入れた70年代、こういったまんがが少女たちの自立心を後押ししてきたのだろう。
好景気に浮かれ、恋愛文化が爛熟した80年代~90年代前半は、少女まんがの世界でも恋愛ストーリーが花開く。マーガレット・別冊マーガレットには、すれ違う男女のはがゆさと切なさを切り取った『ONE―愛になりたい―』(宮川匡代)、落ちこぼれ女子と天才美少年のラブコメディ『イタズラなKiss』(多田かおる)、逆境に強い女子と暴君のような財閥の跡取り息子の恋を扱った『花より男子』(神尾葉子)と王道の作品を配す一方で、紡木たく、いくえみ綾らがこれまでの「完璧な王子様」ではない、まったく新しいタイプの男性キャラクターを描いて行く。紡木は『瞬きもせず』や『ホットロード』などで、優しすぎるゆえに孤独になりがちな男を、いくえみは『POPS』『I LOVE HER』などで残酷さと生々しい欲望と包容力を併せ持つリアルな男性像を提示し、少女たちに恋の苦みや複雑さを予感させる一方で、熱烈な支持を得た。
また、この時代から、男性同士の狂おしいほどの愛を描いた『絶愛-1989-/BRONZE』(尾崎南)や、友情と恋愛の曖昧さを描いた『降っても晴れても』(藤村真理)といった「少女まんが=男女の恋愛」という枠には収まらない作品が生まれる。王道・保守といわれつつも、これらの作品を内包したマーガレット・別冊マーガレットの懐が、『君に届け』(椎名軽穂)、『俺物語!!』(河原和音/アルコ)、『アオハライド』(咲坂伊緒)といった友情と恋愛の密接な関係を描く、現在の人気作を生みだす礎となったのだ。
現実の恋愛や男性に疲弊している20~30代の女性には、少女まんがをいまさら振り返ることに意味を見いだせないという人もいるだろう。しかし、少女まんがには、純真すぎるほどの愛と赦しが描かれており、それは現実に疲れた人の心も癒やす。いつの時代も恋する少女たちに勇気を与えてきた原画を見れば、恋にときめいていたころの自分を取り戻すことは難しくはないだろう。