「老いた親と会話しなくても、そばにいるだけでいい」死期が迫った息子の決断
■突然の送別会の知らせ。末期のがんだった
記事としてまとめた親とのコミュニケーションのマニュアルよりも、鳥越さんの心に残っている古川先生の言葉があるという。
「その後、何回か古川先生からお話を伺う機会があり、そのときに『絶対に誰でもできる簡単なことがあるんだよ』と教えてくださったことがあるんです。それは、『会話なんてしなくていい。ただそばにいるだけでいいんだ』ということでした。それを聞いて、僕も、一緒に取材していたメンバーも一様に心がすっかり軽くなったんです。沈黙を恐れることはない。会話しなくても、ただそばにいるだけならできる。さすが古川先生だと思いましたね」
「何もしゃべらなくていい。そばにいるだけでいい」って究極のコミュニケーションかもしれない。それで相続や遺言など、もろもろの終末問題が片付くことはなさそうだが、心の救済という意味では効果的な助言だ。その記事は反響が大きく、子ども世代からだけでなく、親世代からも好意に満ちた声が寄せられたという。
それから数カ月後。鳥越さんは、古川先生を紹介してくれた仕事仲間から、古川先生の送別会の知らせをもらった。
「前にお会いしたときまで特に変わったこともなく、引きこもりの子たちを連れてキャンプをしたという話を聞いていたので、急になぜ送別会? と驚きました。仕事仲間によると、古川先生はがんで闘病中だったらしいんです。すでに末期で、仕事を辞めて実家近くのホスピスに入られるとのことでした。帰る前にお世話になった方たちにお別れを言いたいと、お別れの会を開くことにされたのだとか。優しい古川先生らしい引き際だと思いました。僕はそれほど親しかったわけではないので、その会には行きませんでしたが、出席した友人によると車いすの先生は会話もあまりできないほど体調が悪かったようです。それでも、律儀に出席してくれた方全員に握手をして、お礼とお別れを言っていたそうです。先生らしいなと胸が痛くなりました。そして『何もしゃべらなくても、そばにいるだけでいい』という先生の言葉を思い出したんです。それは今の先生の状態そのままじゃないですか。それほど状態が悪いのにご両親のもとに帰る決意をした理由はそこにあったんじゃないか。しゃべりたくてももう会話もできない状態。それでも、そばにいてあげたかったんでしょうね」
親の命にも、自分の命にも限りがあることを痛感した鳥越さんは、暇を見つけては実家に帰るようになったという。そんな姿を見た妻が「あなたってマザコンだったのね」と皮肉るのが心外だと苦笑する。それから記事の続編を企画しているが、古川先生の代わりになる方がいなくって困っている、と付け加えた。