介護をめぐる家族・人間模様【第32話】

「死を自然に任せるのも人間のエゴかもしれない」愛犬を看取った女性の自問

2014/06/01 16:00

 献身的な介護、とは人間に対してよく使う言葉だが、まさに原さんの場合はロンにその通りのことをしたと言えるだろう。ロンは幸せだと思った。

「もっといい方法があるんじゃないかとは何度も思いました。抗がん剤治療をするとか、点滴で栄養を入れるとか……でもそうやって死期を延ばすのは人間のエゴだと思い、自然に任せることにしました。うちの獣医さんも、安楽死は反対の立場でしたし、延命治療もロンを苦しめるだけだとおっしゃって、痛み止めをくださるくらいでした。ロンは最初の診断のとおり、半年で死んでしまいましたが、それでよかったのか今も自問しています。安楽死は人間のエゴと獣医さんはおっしゃっていましたが、そう決めつけることも人間のエゴかもしれない。ロンは最期の何日かは意識もほとんどありませんでしたが、それまではずっと苦しそうでした。私たちは見ているしかできなかった。安楽死も、延命治療もエゴかもしれないけれども、何にもしないのもエゴかもしれない。私たちがこれだけ看病したって自己満足を得るためだけで。私がロンだったら、安楽死させてほしいと思ったかもしれないですしね」

 家族が見守る中、原さんの腕の中でロンは息を引き取った。そして動物専用の火葬場で灰になった。人間と同じように、お骨も拾ったという。ロンの死とともに、家族にも変化が起きた。ロンの死後半年ほどして、今度は父親を見送ることになった。ロンの看護と重ならなかったのが、せめてもの救いだと微笑んだ。

「父のお骨を拾っていた時、不謹慎ですがロンのお骨を拾った時のことを思い出しました。人間も、犬も、同じだなぁと思ったんです。犬と一緒にされて、父は怒っているかもしれませんね」

 自宅で仕事をしていた夫は、事業に見切りをつけて求職活動をし、以前の経験を買われて小さな専門商社に入社した。長男は好きなアニメを仕事にしたいと専門学校を目指すことを決心。今はその資金を溜めているところだ。そして獣医を目指していた次男は……これはハッピーエンドとは言えないかもしれない。ロンの介護中に犬アレルギーを発症してしまい、獣医をあきらめざるを得なくなった。それでも医療に関わりたいと、薬学部に志望を変え、目下勉強中だ。ロンと父親を続けて看取った原さんだけ、まだ何も手に着かないでいる。


最終更新:2019/05/21 16:06
犬心
それでも自分の決意と気持ちを信じるしかない