「黒バス事件」に声を上げない腐女子の“鉄の掟”――侵された女子たちの世界
◆二次創作腐女子を貫く鉄の掟
一方、同人誌の即売会やイベント中止に伴い活動自粛を余儀なくされた腐女子は、陳述でしゃべりまくる渡辺被告とは対照的に、とても静かだった。渡辺被告が捕まった時も、ネット上は怒りの声が上がらず「よかった」的なつぶやきにとどまっていた。少年向けの漫画、アニメを二次創作のボーイズラブとして楽しむ腐女子たちの間には、不文律の鉄の掟「原作に迷惑をかけることなかれ」が貫かれている。普通に漫画を楽しむファンや作者、いわばカタギには迷惑をかけないというヤクザなルールだ。鉄の掟を破った腐女子には制裁が下される。
たとえば腐女子テイストではない、通常の漫画の感想を言い合うネット掲示板で、それこそ「○○(男性キャラクター)は俺の嫁」的な腐女子テイストな発言をしたり、作者やアニメ声優などのサイン会で腐女子風味な質問をしたうかつな人間に対しては、そのツイッターアカウントなどに襲撃がかけられ、RTされまくり、晒されるのだ。
ここまでして掟を守る理由は、原作への配慮だろう。Googleで腐女子、と検索すると「腐女子 キモイ」「腐女子 死ね」などが検索ワードで出てくる。ネットの掲示板などを見ても「腐女子キモイwwwwwww」のようなサイトは簡単に見つけられる。嫌う側も、腐女子テイストな発言を見たくもないのに目にして気持ち悪い思いをした人もいるだろうが、日常のウサ晴らしに叩く人、ただ単に面白がっている人、女が嫌いだから腐女子を叩く人も多そうだ。
多くの二次創作腐女子が懸念するのは、腐女子活動による原作への悪影響だ。二次創作は原作あってこそ。ボーイズラブテイストで見ていることで、原作や、その漫画を少年漫画として楽しむ通常のファンに迷惑をかけてはいけない、というポリシーは多くの腐女子の根底にある。「腐女子」という、自身を「腐」と呼ぶ文化も、カタギとして漫画を楽しんでいないのだから、という自嘲と覚悟と、そしてヤクザが自分のことを「ヤクザもん」と呼ぶときのような、一種の矜持もあるだろう。一般の漫画好きとは違うと自覚した、閉じた世界なのだ。
「黒バス事件」で、大多数の腐女子たちはこの鉄の掟を守り、沈黙を貫いた。渡辺被告の犯行に対し声を上げたところで「少年漫画をボーイズラブにしやがって(男の領域を侵食しやがって、気持ち悪い)」「そもそも同人の著作権は?(これはボーイズラブに限らず、二次創作の同人すべてに言えることだが)」など、攻撃する側の大義名分はいくらでも見つけられる。沈黙は賢明な態度だったものの、沈黙することしかできない選択肢のなさ、何か脅迫があった時に、対抗の手段を持てない腐女子文化の弱点も浮き彫りになった。
この事件、渡辺被告が捕まるまでは「犯人=腐女子説」すら根強くあった。「アンチ腐女子」の男による犯行説も当初あった。しかし、尻尾をつかませないために全国各地のポストから脅迫状を送付する熱量の高さから、単なる「腐女子嫌い」ではここまでやれないだろうと、過激派腐女子による「私の大好きな○○君のいる**高校が負けるなんて納得いかない!」という逆恨み説が強くなっていったのだ。
渡辺被告が捕まって、「犯人が腐女子でなくてよかった」という腐女子のつぶやきもあった。身内の恥でなくてよかった。鉄の掟が支配する、開く必要のない閉じた世界なのだ。開かれる必要も腐女子たちにしてみたらない。しかし、閉じられた世界ゆえに攻撃された時に対抗策がないことも今回の事件で明らかになった。これは腐女子に限らず、同人文化全てにおいての課題だろう。
被害者意識を募らせ、人生がふがいなくやるせなく思えるのは何も渡辺被告に限ったことではない。それを密かにボーイズラブで上手に慰め、明日の活力にしている腐女子を道連れにしないでほしい。渡辺被告の求刑は4月末に行われる予定だ。
(石徹白未亜)
※渡辺容疑者の公判での陳述は月刊『創』編集長、篠田氏の記事を参考にしている。
・「黒子のバスケ」脅迫事件の被告人意見陳述全文公開1
・「黒子のバスケ」脅迫犯が私に語った衝撃の真相 月刊『創』2014年2月号より(篠田博之)
石徹白 未亜(いとしろ・みあ)
ライター。専門分野はネット依存、同人文化(二次創作)。著書に『節ネット、はじめました。』(CCCメディアハウス)。
HP:いとしろ堂