二次創作文化の行方

「黒バス事件」に声を上げない腐女子の“鉄の掟”――侵された女子たちの世界

2014/04/24 19:00
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『黒子のバスケ』(集英社)

 「週刊少年ジャンプ」(集英社)に連載中の漫画『黒子のバスケ』(以下、黒バス)の作者・藤巻忠俊氏と同作の関係先に対し、多くの脅迫状を送付、関連イベントの開催中止や商品の撤去に追い込んだ、いわゆる「黒バス事件」の裁判が始まっている。渡辺博史被告が、数ある少年漫画の中から『黒バス』をターゲットにした理由のひとつが、腐女子人気の高さだという。なぜ、渡辺被告は腐女子人気の高い作品をターゲットにしたのか そして腐女子はその妨害にどう対抗できたのか、見ていきたい。

◆復讐の道連れに選ばれた「腐女子文化」

 日本で一番売れている週刊少年漫画雑誌に連載されている漫画は、腐女子からの支持も高い。「ジャンプ」の中で実際にボーイズラブが展開されてはいないものの、少年たちの熱い友情や信頼関係の行間を読むことを二次創作の糧にしている腐女子文化において、端麗な絵柄の『黒バス』は人気があり、多くの同人誌が作られ、Twitterでは腐女子たちの萌えトークが日々飛び交う。

 しかし、2012年冬のコミックマーケットでは、渡辺被告から「『黒バス』のサークルをコミックマーケットに参加させない」ことを要求する脅迫状が届き、該当サークルのみ出展を行わない措置がとられた。コミケ以外にも全国各地で『黒バス』の同人誌即売会がほぼ毎月の頻度で開催されていたが、これも脅迫によりことごとく中止を余儀なくされた。

 いざ渡辺被告が逮捕されてみると、藤巻氏とは何の接点もなく、動機は逆恨みであることが明らかになった。陳述では、高校が進学校だったことでこじらせた学歴コンプや容貌コンプで身動きがとれず、親や他人との関係もうまくいかない心情を率直に吐露しており、その弱者の叫びは一部で強い共感を呼んでいる。しかしなぜ、渡辺被告はふがいない人生に対する復讐のターゲットを、親など自分を貶めた直接の相手ではなく、腐女子人気の高い作品にしたのだろうか?


◆渡辺被告の二次創作への関心

 渡辺被告は、ボーイズラブを愛好する男子、腐男子だった可能性が高い。陳述では自身が同性愛者であることまでカミングアウトし、娑婆に未練はないが、大好きな男性アイドルを「俺の嫁」と呼び、嫁の活動を追えなくなることは残念だと述べている。好きなアイドルやキャラクターを「嫁」と呼ぶ、気恥ずかしい言語センスは同人趣味のある人にとってはなじみ深いものだ。

 さらに陳述では「24年前にバスケのユニフォームに対して異常なフェチシズムを抱くようになり、22年前にボーイズラブ系の二次創作同人誌を知ったという積年の経緯があります」とある。24年前の1990年には、『黒バス』と同じ高校バスケットボール漫画、『スラムダンク』が「週刊少年ジャンプ」で連載を開始しており、渡辺被告は『スラムダンク』のボーイズラブ同人で二次創作に目覚めた可能性もある。

 そうなると犯行の動機は、自分もかつて目指そうとした漫画の世界で成功した藤巻氏への妬みのほかに、自分が唯一愛したボーイズラブ文化を地獄の道連れにする「無理心中的要素」やスラムダンク原理主義による『黒子のバスケ』への侮蔑(掲載誌と扱うスポーツが同じことから、この二作は比較されやすい)なども浮かぶ。陳述は、「日本中の前途ある少年たちがいじけず、妬まず、僻まず、嫉まず、前向きで明るくてかっこいいイケメンに育つことを願って終わりにしたいと思います」で終わっており、前途ある少女たちや同作を愛する女性の幸福については触れられていないことも興味深い。

 しかし陳述で渡辺被告は自分のことを世の中に対し訴えられる唯一の機会と、切実さすら感じるほど詳細に心境を明かしているのに、ボーイズラブ系二次創作については「二次創作同人誌を知ったという積年の経緯」と、妙に曖昧だ。陳述を託した月刊『創』編集長篠田博之氏との接見の場ですら「それについて話すと長くなるから」と、お茶を濁している。一言で言えない何かがあるのだろうか。


『黒子のバスケ 1 (ジャンプコミックス)』