コラム
[連載]悪女の履歴書

「お嬢さんと呼ばれたかった」通り魔に成り果てた中年女・伊田和世の欲望と孤独

2014/01/26 21:00

(前編はこちら)

Photo by kg from Flickr

■子どもに無関心な母親と、仕送り30万円で絶縁する父親

 和世は確かに歪み、そして壊れていた。

 こうして周囲から見える和世の表層は、とてつもなく不安定で、風変わりだ。そして彼女の母親もかなりの変わり者として有名だったという。母親は和世と同じく、美人で派手な格好する女性として近隣から奇異な目で見られていた。また性格も強くてヒステリック。和世が幼い頃、母親が子どもを怒鳴る声が頻繁に外まで聞こえてきたという。さらに母親は機嫌が悪いと和世を人前でも罵った。他人に娘の悪口を吹聴した。娘に対する興味も薄かったのだろう。不登校になった小学生の娘に「行きたくないなら、行くな」と関心を示さなかったという。和世は幼少期から育児放棄に加え、母親からの悪意も植えつけられたといえる。

 一方、父親は和世を可愛がっていたというが、エキセントリックな母親に嫌気がさし、和世が幼い頃に家を出て行った。その後、岐阜県に移って霊能師を生業にするようになっていたが、しばらくは和世とも音信普通だった。大人になり父親と再会した和世は寂しさもあったのか、毎月のように父親の元を訪れるようになったという。よく当たると評判だった父は経済的にも成功し、娘に毎月10万円を仕送りをするようになる。和世は父親の取り巻きに「お嬢さん」と呼ばれチヤホヤされた。小さい頃から友達もなく、母親からも疎まれ、またトラブルメーカーとして周囲から孤立していた和世にとって、ここは居心地のよい唯一の場所だったのだろう。頻繁な行き来はしばらく続いたが、しかしそれも終焉を迎えることになる。

 実父には愛人がいた。和世が実父に甘えようとしても、愛人の存在がそれを邪魔すると思い込んだ和世は、次第に父の愛人に嫉妬するようになる。それが爆発したのは2002年8月だ。和世は父の家に乗り込み、愛人の洋服を焼き払うという事件を起こしたのだ。あまりに感情的で見境のない和世の行動に、父は怒った。仕送りを30万円に増やす代わりに、和世の関係を切ってしまったのだ。

 和世は2度も父親から見捨てられた。一度は幼少の頃、父が家を出て行ったことで。そして2度目は30代半ばにして、父親は子どもより愛人を取った。和世は姉が1人いたが、和世は人間関係の距離感がつかめない女でもあったのだろう。結婚していた姉夫婦の家に和世は1日に何度も電話するなど、依存と支配をしようとして、姉は和世を遠ざけるようになった。

■欲望と孤独が肥やしていく被害妄想

 こうして和世の生い立ちを見ていくと、バラバラで希薄な家族関係、幼少期から満たされない愛情が見て取れる。幼い頃から母親に罵られ、父は家族を捨てた。友達もいないし、不登校児だった和世には学校や教師の目も届かない。躾もされず、誰からも愛情を与えることなく、成長してしまったのが和世という女性だった。

 こうした環境において、和世は過剰な嫉妬心やプライド、そして被害妄想や逆恨みといった負の感情を増大させた。自分の感情をコントロール術さえ知らなかったのではないかと思う。またモラルに対する意識も低く、物事に対する罪悪感も持ち併せていない。子どもの頃から、自分をきちんと育て、導く存在が不在で、頼る大人がいなければ、モラルや罪の意識が希薄になることは否めないだろう。和世には欲望と孤独だけが残った。和世は幼い心のまま、欲望に対するコントロールも知らないまま、体だけが成長してしまったかのように見える。

 愛人と父親からの送金で生計を立てていた和世は、職場などを通じた社会を知るチャンスもなかった。大人に成長する機会さえなかったのだ。そして和世は次第に「なぜ自分だけが不幸なのか」という究極の被害妄想を抱いていったという。

 もう1つ、着目したいのは和世の生まれ育った時代だ。和世の生まれた64年といえば、東京五輪が開催され、高度経済成長の真っ只中にあった。世の中はどんどん豊かになり、そして青春期に差し掛かる頃になればバブルの時代が到来する。幸か不幸か和世は誰もが認める美人だった。そのセンスの是非は置いておいても、おしゃれにも人一倍関心があった。ブランド好きでもあった。和世と同世代の女の子は子どもと同様、バービーやリカちゃん人形とに夢中になった。

 そんな和世について作家の中村うさぎはこう書いている。

「ブランド物に執着し、年甲斐もなく派手な服装で出歩いて(略)家の中は散らかり放題で荒れ果てており、著しく歪んだ人格がそこに窺えた。さらに、死体の愛好家であり、その猟奇的趣味から残虐な殺人犯らしき一面が読み取れる(略)これらの記事を読んだ私は、思わず苦笑せずにはいられなかった。何故ならば、マスコミが『狂気の証』として列挙する伊田の性癖のことごとくが、私自身にそのまま当てはまるものだったからだ」

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