『長谷川町子物語』が問いかけた、永遠に“生き続ける”キャラクターを生む重み
『長谷川町子物語~サザエさんが生まれた日~』(フジテレビ系)は、サザエさん45周年を記念して作られたスペシャルドラマだ。脚本は『四十九日のレシピ』(NHK)や『早海さんと呼ばれる日』(フジテレビ系)を手がけた大島里美。本作は、長谷川町子の自伝的作品であると同時に、漫画『サザエさん』誕生の物語でもある。ドラマには、漫画のモデルとなった人々やエピソードもさりげなく登場する。
虚実入り混じったアプローチは、水木しげるの妻・武市布枝(作中では村井布美枝)の視点から水木しげるを描くと同時に、作中に水木作品のモデルらしき人やエピソードをうまく盛り込むことで、妖怪のいる戦後史を描いたNHK朝の連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『ゲゲゲの女房』のアプローチを思わせる。
そして今作で長谷川町子を演じたのは尾野真千子。朝ドラ『カーネーション』(NHK)で小篠綾子(作中では小原糸子)の生涯を演じ、高い評価を受けた女優だ。つまり、『長谷川町子物語』は、『ゲゲゲの女房』+『カーネーション』という組み合わせで作られた朝ドラ・テイストのスペシャルドラマだったと言える。
物語は、長谷川町子が海辺で『サザエさん』のアイデアを思いついたところから始まり、時間を遡って町子の人生をたどっていく。学生時代に『のらくろ』の作者として知られる漫画家の田河水泡(三浦友和)へ弟子入りし、やがて漫画家としてデビューする町子。時代は昭和初期からはじまり、戦中戦後も描かれる。しかし、戦時中の描写は長女の毬子(長谷川京子)の恋人が戦地に出兵する描写以外は控えめで、長谷川三姉妹と母の絆と『サザエさん』にまつわるエピソードが中心となっている。
町子の才能を目の当たりにした毬子は、『サザエさん』の単行本を出版するために姉妹社を立ち上げる。当初は自費出版のために版形の大きな本を作ってしまい、在庫の山を抱えてしまうが、二巻以降は大ヒットして町子は一躍時の人になる。このあたりはコミカルで実に楽しい。しかし町子は、机に向かってばかりの日々の中で消耗していく。
「私、ずっと一生、『サザエさん』描いていかないといけないのかな。私、人生のほとんど、誰でもなく、紙と向き合ってるのよ」
「サザエさんなんてどこにもいないじゃない、本当は」
「現実にいない人のために、毎日、知恵振り絞って、苦しんで。それだけの人生くだらない。時々、本気で思っちゃうのよ」
「こんなくだらないことしていて、それで私の一生終わっちゃうのかなって」
やがて町子は休筆することになるのだが、胃潰瘍の手術をして病室で眠る町子の前に田川水泡が現れる。今までの漫画家人生に疑問を抱く町子に対して、田川は「君は本当に生きていなかったの?」と問い返し「自分の生きてきた人生をもう少し認めてあげてもいいのではないかな」と言われ、町子は再び漫画を書くようになる。
ドラマ終盤。晩年の町子が白い紙を見ていると、線画で書かれた絵が浮かびあがり、サザエさんが実体化する。町子はサザエさんに語りかける――「私が終わっても、あなたは生きていく。それって不思議ね。それってすごくおかしいわ」。ここでは、老いてゆく体を持つ町子と、永遠に歳を取らないサザエさんという「人間とキャラクターの対比が描かれている。
現代の日本において、漫画のキャラクターを作者が生み出し、作者が逝去してもキャラクターは残り新作が生み出されていくという現象はあまりにも当たり前におこなわれている。そのため、それがどのような意味を持つのか、顧みられることは少ない。
近年では、岡田惠和脚本の『泣くな、はらちゃん』(日本テレビ系)が、人(漫画家)と漫画のキャラクターの関係を神と人間の関係に喩えることで、深く踏み込んでいたのだが、長谷川町子がクリスチャンで生涯独身だったことを考えると、彼女と『サザエさん』の関係は、処女懐妊した聖母マリアとイエス・キリストの関係のようなものとして描かれていたといえる。
ドラマ内ではキリスト教が長谷川町子に与えた影響については、深く言及されていなかったが、物語内ではサザエさんの視点から語られるナレーション(サザエさんの声優である加藤みどりが担当)が節々に挟み込まれ、ラストでは実体化して町子と対話する。その描き方は天使的なものに思えた。
本作放送から2日後の12月1日、実写ドラマ版『サザエさん』が放送された。サザエさんを演じたのは観月ありさ。SEや劇伴がアニメと同一のものが使われている本作は、実写で『サザエさん』を模倣することを目的とした、ファミリー向けキャラクタードラマとしては、文句なしの水準だったと言える。女学生から老婆までを演じきった尾野真千子もすごいが、『サザエさん』という歳を取らないキャラクターと完全に一体化していた観月ありさもすさまじかった。
(成馬零一)