『有頂天家族』で話題、京都・六道珍皇寺で味わった“犯罪者気分”の理由
この六道珍皇寺、肝心なものをすべてのぞき穴から覗かせてくれる寺なのである。薬師如来も、小野篁像も、閻魔大王の像も、なにもかも堂々とは見せてくれない。穴からのぞくだけ。……なんだろう、観光に来たのに、この悪いことしてる気分は。鐘楼も、その姿も見えず、にょろりと伸びた紐を引っ張るとゴーンと鳴る。あの、鐘を打つときの清々しさがない。
ちなみに小野篁の井戸も、のぞき穴からどうぞ。
(左)ここから覗きます。(右)あれかな?
と、オフシーズンにふらりとやってきただけでは、数カ所覗いて歩くだけで、謎がいっぱいの寺である。たいてい誰もいない。が、ここはあらかじめ予約をしておくと、500円で本堂に入れてくれるのだ。そうなると打って変わって、大サービスをしてくれる親切な寺だったのである(ということが今回わかった)。
仰せの通りインターホンを押すと、中から住職さんが出てきて、本堂に上げてくれる。
このお寺の見物の1つは地獄絵図らしく、住職さんはこれの公開が終わってしまい、現在見られないことをものすごく申し訳なさがって、わざわざ収蔵庫のご本尊まで開けて見せてくれた。のぞき穴システムも、閉じたままで見られないのでは申し訳ないという気持ちからのサービスだそうだ。鐘楼も、非常に価値のあるものらしく、雨ざらしにできずに、にょろり紐で対応しているのだとか。しまい込んで見せなければ済むものを、精いっぱいの誠意が、参拝客を犯罪者気分にさせてしまうシステムになっていたのだ。フタを開けてお話を聞いてみれば、ものすごく親切なお寺だったわけである。
これが矢二郎兄さんのこもっていた井戸
六道珍皇寺、略して六珍
中へ入ると、小野篁の井戸ももちろん見に行ける。『有頂天家族』で、矢三郎という主人公がここへ来て井戸の縁に座り、買ってきた牛丼を食べるというシーンがある。住職さんに「牛丼食べていいですか」と聞いたら、「困ります」だそうだ。ファンの方々、くれぐれもマナーを守りましょう。でも、森見先生が下見にいらしたとか、いろいろ聞かせてくれて楽しいよ。
人は見かけによらず、寺もまた見かけによらなかった。京都へ観光にいらっしゃる方々、くれぐれも下調べを忘れずに。一見で来るとこのお寺、のぞき穴からはあはあ言って持仏を覗くだけの淋しい場所ですから。
和久井香菜子(わくい・かなこ)
ライター・イラストレーター、少女漫画研究家。『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。ネットゲーム『養殖中華屋さん』の企画をはじめ、語学テキストやテニス雑誌、ビジネス本まで幅広いジャンルで書き散らす。街で見かけたおかしな英文から英語を学ぶ「Henglish」主宰。