カルチャー
[連載]マンガ・日本メイ作劇場第32回

ヒロイン=非処女が前提になった、少女漫画における「セックス」の意味

2013/11/16 19:00
『新東京廓恋酔夢』/小学館

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。

 数年前、世の中に遊郭ブームが巻き起こった。映画化された安野モヨコの『さくらん』(講談社)、「R‐18文学賞」を受賞し、漫画化もされた『花宵道中』(新潮社)、遊女が主人公のミステリ仕立ての小説『吉原手引草』(幻冬舎)などなど。浮き世を忘れる夢のように華やかな街と、そこで心と体をすり減らしていく女たち。ディズニーリゾートのキャラクターたちが、実は借金を負って売られてきたネズミやらクマやらで、借金返済のために観光客にひたすら身を粉にしてサービスをしていると思ったら、なんだか切ないじゃないか。そんな哀愁が遊郭にはある。自分がなるのはごめんだけど、遠くから見る分には異世界みたいで楽しいという、ワイドショー好きの心をビンビン刺激してくれるのだ。

 で、『新東京廓恋酔夢』(小学館)である。まず読み方が一瞬分からないけど、「しんとうきょうくるわのこいのよいゆめ」だそうです、はい。そしてこれも遊郭に生きる女たちの悲哀を描いた作品だ。体を売りつつも、心は純粋だったり、1人の男を思い続けたりしている、遊郭もの定番の愛らしい女たちのお話。が、なぜか設定は近未来。遊郭のシステムは江戸時代のそれそのものなんだけど、やってくる遊女たちは現代とまるで同じ感じの女子高生だったりする。……なぜ? 「20××年 東京 新宿。新政府は国の浄化を目的に国営の花街を作った。風紀の乱れを1カ所に集め管理すればそのほかの場所はキレイになる…という考えである」って、なんだか全然説得力がないんですけど。そのほかの場所はキレイになる……って、もうちょっと考えようよ……キレイに……なんないよ、多分。

 ソースがなんだったか忘れちゃったけど、最近の少女漫画は、設定を高校生活など読者の身近なものにしないと、読者についてきてもらえないのだとか。確かに、昔はよくあったアメリカ留学ものとか、少女漫画の定番のように思われているお姫様ものとか、割とダイナミックな設定はすっかり影を潜めて、今や少女漫画雑誌では「ニッポンの学園もの」が花盛りである。

 でもだからって、なにも遊郭のお話を近未来に設定しなくてもいいじゃない、普通に江戸時代で。文化や制度は、必ずその時代に添って成り立った必然がある。江戸時代とまったく同じ制度が未来で必要とされ、また通用するとは簡単には考えられない。人気大爆発の『進撃の巨人』(講談社)は、設定した時代と技術、環境に則って仮想の文化を構築したからこそ、誰もがおもしろいと思えるクオリティに仕上がっているのでしょう。よって『新東京廓恋酔夢』が時代設定を過去にしなかったのは、読者に迎合したのか、調べるのが面倒だったのか(人気新撰組漫画『風光る』(小学館)の作者は、連載開始前に調べ物が面倒なので現代の剣道ものにしようかと悩んだらしいし)ともかく「斬新な発想だ!」とか、「そうきたか!」っていうふうに前向きな評価を持つ気になれないのだ。でもこの『新東京廓恋酔夢』はシリーズになっていて何冊か出ているし、同じような設定の『水中恋花』(白泉社)という作品もあるので、なにやら近未来遊郭ものは、歴女のタマゴとか、いたいけな少女たちとかの一定の読者には受け入れられているようである。

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