神と崇められた女の欲望の狂気――「福島悪魔祓い殺人事件」の女殺人犯
二木久美子(48)も幸子に心酔した1人だった。夫の文雄(50)は糖尿病に、18歳の長女も緑内障を患っていた。治療をしてはいたが、症状は改善されない。そんな時、高血圧に悩む姉の洋子が幸子の祈祷で治ったと聞き、すっかり幸子の霊能力を信じた。幸子の元に通ううち、「仕事を辞めて一緒に住めば霊が鎮まる」と言われ、夫婦揃って仕事を辞め3人の子どもを連れて幸子宅で共同生活を始める。姉の洋子夫妻も一緒だった。いわゆる出家である。久美子は言われるままに、幸子に150万円の金を渡した。そんな時、ある男が幸子の前に現れた。自衛隊に所属する根室雄二(21)だ。幸子は一目で雄二を気に入った。そこから幸子の暴走が始まる。
94年12月、幸子は26歳年下の雄二と性的関係を持った。童貞だった雄二は幸子に夢中になったという。幸子も有頂天だ。雄二に高い地位を与え、信者たちに「ユウジさま」と呼ばせた。自分は「幸子さま」だ。だがこれに異を唱えたのが古参の文雄だった。これに激怒した幸子は、文雄に対し「キツネが憑いている」と責め始める。借金を拒否し、幸子にとっては気に入らない存在となった洋子も暴行の対象となった。
長時間の正座を強要し、除霊と称して太鼓のバチで激しく叩いた。幸子はこれを「御用」と呼び、それは次第にエスカレートしていった。ほかの信者も加わり、文雄と洋子に日常的な暴力を加えていく。文雄の妻や洋子の夫も暴行に加わった。これは「暴行ではなく除霊であり悪魔払いだ」と信じたからだ。幸子は太鼓のバチで全身を叩きながら「幸子さまとセックスしたいのか? 正直に言え」「雄二とセックスしたいのか?」などと倒錯した責め言葉を発する。その様子は、まさにトランス状態だったという。そして暴行の合間、幸子と雄二は度々ラブホテルに行った。
一方、暴行を受けていた2人も「御用」だと信じきっていた節がある。2人は監禁されていたわけではなく、文雄などは瀕死の状態で一度は幸子宅から逃げ出したこともあった。しかし自分の意思で戻っている。
95年に入ると、2人は睡眠や食事、排便などを制限される。そして1月25日未明、洋子と文雄は相次いで死亡した。だが、幸子と、それを取り巻く信者たちは、さらに異様な行動を取った。幸子は「2人は死んだのではない。神様が魂を引き上げ、清めているだけ」と1階にある8畳間の布団に寝かせ放置した。信者たちも2人がそのうち生き返るものだと信じ、従った。
幸子の次なるターゲットは、文雄の18歳になる長女だった。高校3年生の長女が無邪気に「ユウジさま」への憧れを語ったのが幸子の耳に入る。長女への「御用」が始まった。2月18日、長女絶命。そして次は母親の久美子の番だった。夫と娘の死後も久美子は「蘇り」を信じ、幸子の片腕として活動していた。しかし、それが幸子にとっては疎ましくなっていたのだ。「ユウジさまとセックスしたい」。久美子もこのような“自白”を強要され、暴行の末、3月16日死亡。その後、久美子の口座から350万円が引き出されている。
■人の苦悩を金にし増幅する
さらにその後、二木家と同様の手口で、子どものぜんそくに悩む石田秀子(33)と夫の真二(43)を出家させた。花粉症に悩む真二の元同僚の女性・佐織(27)も一緒だった。幸子はまず若い佐織に嫉妬した。「蛇が憑いている」、そういって佐織への「御用」が始まった。実は佐織は出家前にも「御用」を受け、一度は家族に引き取られたのだが、体調がすぐれないことから自ら「御用」を希望していたのだ。だが、そこで真二が「御用」を仕切ったことで幸子は怒り出す。真二は「幸子と佐織とセックスしたい」と自白させられ、暴行を受けた。5月25日未明に死亡。佐織も6月6日死亡した。次なるターゲットは秀子だった。真二と佐織への「御用」を積極的に行った秀子だが、自らも魔の手からは逃れられなかった。壮絶な暴行の上、前編の冒頭のように両親の機転から辛うじて死を免れることとなったのだ。だが、救出後、一命を取り留めた秀子も、夫への殺人や傷害致死の疑いで逮捕された。
幸子の手口は典型的なカルト、洗脳犯罪の手口でもある。病気などの弱みを握り「キツネが憑いている」などと恐怖を煽る。幸子はこれらの手法を、渡り歩いた2つの新興宗教から学んだといわれている。さらに外部との接触を遮断させ、仕事を奪った上で一家揃って出家させた。もし1人が逃げ出そうとしても、家族を人質に取られた形だ。実際、文雄は死の直前、一度は脱走しながら、再び自分の意思で幸子の元へ戻っている。しかし、中には単独で出家しながら逃げなかった佐織のケースもある。暴行を宗教的儀式だと信じさせ、家族間でも暴力を振るわせる。そして食事、睡眠など物理的制限によって、判断能力を麻痺させ、錯乱状態に陥れる。被害者たちは、次第に逃げる気力を失わされていった。
しかし、目に見えない神やキツネといった一見バカバカしい戯言を、なぜ人間はこれほどまでに信じてしまうのか。そこにはわらにもすがりたい人々の苦悩がある。現代医療でもなかなか改善されない症状。それが幸子の祈祷やアドバイスで改善されてしまう。おそらくそれは偶然であり、改善されたと思ったのも、気の迷いや、催眠効果の一種だと思われる。しかし、信者たちは「もうすがるものはここしかない」と思った。仕事も辞めて出家したのだ。後がない。そして肉親が次々と死亡する中、本気で彼らが蘇ると思い込むしかなかった。
それ以上に、幸子の動機には常人ではうかがい知れないものがある。当初は、出家させる目的は金銭だったといわれている。出家させれば、さまざまな名目で金を引っ張りやすいと。実際、久美子からは500万円ほどを引き出した。そして借金を渋った洋子を、いち早く「御用」の対象とした。そこに支配欲と嫉妬も加わった。世俗的にいえば、雄二という若い男とのセックスへの執着、嫉妬である。暴行の際、必ず登場する雄二の存在。21歳で童貞だったとされる雄二が、幸子に溺れていったことも注目に値する。
■神と崇められた女の欲望
95年10月の初公判で、幸子は暴行の事実は認めたが「死ぬという意識はなかった」と殺意を否認、「魂が清められているという宗教的確信から、死んだという認識はなかった」などと主張を繰り返した。08年10月、最高裁において幸子の死刑が確定、12年9月、死刑執行されている。享年65。
幼い頃に父を亡くし、温かい家庭を欲していた幸子。しかし結婚生活では夫に裏切られ、借金だけが残った。しかし「神」になったことで金銭も得ることができ、26歳年下の男と濃厚な関係も得られた。裁判で自己中心的と断罪された幸子だったが、それは幸子の“上手くいかない”人生の中で、徐々に培われた狂気だったのだろう。それが「拝み屋」として「神」と崇められた時、若い男を手中に収めた時、一気に噴出した。「キツネが憑いて」いたのは幸子だった。「神」としての体面と自らの尊厳、支配、独占、嫉妬、金――さまざまな“欲”を満たすため、幸子は「御用」を続けるしかなかった。それが歪んだものであろうが、錯綜した幸子にはわかるはずもない。
幸子だけでなく生き残った信者たちも共犯者として裁かれた。両親に救出された秀子は懲役3年執行猶予5年、愛人である雄二は無期懲役、同居していた幸子の娘も無期懲役が確定している。また妻を殺された洋子の夫にも、懲役18年の刑が言い渡された。
カルトや洗脳事件は後を絶たない。彼らにとって身近で気軽な存在であっただろう「拝み屋」に端を発したカルト事件の、凄惨な結末である。こうした事件が起こるたび、その手口や実態を知り、教訓にすることで、身近に潜む危険から身を守ってほしい、そう願わずにはいられない。
(取材・文/神林広恵)
※江藤幸子以外は全て仮名とした
参照:『女性死刑囚』(深笛義也著、鹿砦社)
「週刊新潮」(99年12月9・16・23日号)「男女6人が殺された女祈祷師『江藤幸子』の奇怪な共同生活」