コラム
[連載]悪女の履歴書

恋愛感情と金銭、男への嫉妬が交差する「上尾主婦レズビアン殺人事件」

2013/08/17 18:00

 佳子にとって同性愛の相手は、愛が初めてだったといわれる。大柄でボーイッシュだったことで、事件後「レズ歴が長くほかにも愛人女性がいた」などと報じられたが、実は佳子は性的にはウブだった。初めての男性は夫であり、女性は愛だった。思春期から同性愛の傾向があったかもしれないが、しかしそれを明確に自覚したり、行動することはなかった。戦時中に生まれた佳子だが、この時代、佳子だけでなく世間全般においても同性愛の知識は乏しく、一般に性同一性障害などといった概念は存在さえしなかった。女は適齢期になれば男と結婚することが当たり前という常識にもとらわれていたのだろう。だが、一度目覚めてしまった佳子はまるでこれまでの年月を取り返そうとするように“男”として振舞い出す。

 嫉妬もすごかった。2人で外食した際、馴染みの客が愛に話しかけただけで不機嫌になったという。行き付けの寿司屋で佳子は愛にビールを注ぎ、タバコの火も点ける、寿司は箸移しに愛に食べさせる、とまるでホストのように愛に尽くしていていたという。一方、愛の方はというと、喜んでそれを受け入れる、というのではなく少し迷惑そうな顔をしたこともあったという。

 当時の団地はサラリーマン家庭、中流階級が多く、女性は専業主婦が多かった。お互いのライバル心も旺盛で、人口も急速に増え、子どもも多く活気づいていた。うわさ話も盛んだ。そんな団地妻たちの間で、2人がうわさにならないはずがない。しかし、そんな周囲の目など佳子には気にならなかった。それほど愛に夢中になっていたのだ。

 そして恋する男が女性の気を引くのと同様に、佳子は愛に金を貢いでもいた。夫のお陰で佳子の羽振りはよかった。金回りがいいことを誇示するかのように、ジーンズのポケットに無造作に1万円の束を入れていたという。まるで無骨な男を演じるかのようだが、その金で愛に食事を奢り、洋服や装飾品をプレゼントした。食料品などの日用品も佳子が支払った。もちろんモーテル代金もだ。後の警察の取調べで佳子は「600万円貢いだ」と供述したというが、どうやらそれはハッタリで、実際は200万円程度だったらしい。それにしても当時としても少なくない額だ。家事は家政婦に任せ、恋人との情事にふけり、愛に尽くしに尽くした佳子。その様子は、恋人を必死で食い止める男性の姿のようだと周囲にも映っていたという。

最終更新:2019/05/21 18:55
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