「兄に遺産を渡したばかりに……」遺族年金だけで暮らす母と、娘の後悔
7月に入るやいなや、この猛暑。もうなんでも適当でいいや、と投げやりになってしまう今日この頃。勤労意欲低下も甚だしい。なんて思っていたら、ビニールハウスで農作業中の90代の男性が熱中症で亡くなったというニュースが。農家って、どれだけ働き者なんだ! でもどんなに体力に自信があっても、過信しないでほしい。暑い時は頑張らないで、休んでください。水分塩分も忘れずに。
<登場人物プロフィール>
元木 恵理子(52) 首都圏に夫と社会人の娘と暮らす。
金子 サト子(80) 元木さんの実母。夫を10年前に亡くしてからは一人暮らし
金子 博俊(55) 元木さんの兄
■「遺産をすべて兄に」と言った母
元木さんは「母が不憫でしょうがない」と嘆く。元木さんの母親は、中国地方で一人暮らしをしている。
「電話をかけるたびに、あそこが痛い、ここが痛い。買い物に行くのも大変だ……と愚痴ばかりです。近くにいて親孝行してやれないので黙って聞いていますが、だんだん電話するのもつらくなってきますよ」
元木さんは笑って言うが、「母は、楽観的な私とは違って悲観的な人。母みたいな年寄りにはなりたくないと自戒しています」と冷静だ。ただ、母親がこれほどまでに悲観的になったのには原因がないわけではない。
「亡くなった父の遺産は、ほぼ全部兄に渡してしまったので、母は遺族年金だけで細々と暮らしているんです。こんなはずじゃなかったという思いが、母にもあるんでしょう」
元木さんの兄一家は、実家近くに住んでいる。兄妹仲は悪くないという。
「仲たがいしなかったのは、私が黙って相続放棄のハンコを押したからですよ。そもそも、兄に父の遺産の全てを相続させたいと言いだしたのは母なんです」
父親はサラリーマンだったので、父親自身の遺産は大した額ではなかった。しかし父親の姉が、地元の代議士の、いわゆるお妾さんだったという。
「今では考えられないことですが、その代議士さんがパトロンになって、伯母は大きな料亭を持たされ、権勢を振るっていました。きっと公にはできない類いのお金だったんだと思います。晩年は、入居金が億を超えるという高級老人ホームで過ごしていました。その伯母が亡くなり、父に巨額の遺産が入ったんです」
父親が亡くなった時、本来は遺産の半分を相続するはずだった母親が、兄に全ての財産を相続させると言いだしたのだ。
「いずれ母が亡くなると、また相続が発生するので、いっぺんに終わらせておきたいと思ったのでしょう。それに実家は、昔ながらの考え方の残っている土地です。長男である兄が家を継ぐのだから、母と同居して面倒を見るのも、財産をすべて相続するのも当然だと思っていたようです。私は嫁に行った人間なので、相続放棄するのが当然と言われました。私も母や兄とはこれからも仲良く付き合っていきたかったので、黙って母に従ったんです」
■遺産を手に入れた兄夫婦は、母を顧みなくなった
巨額の遺産をほぼ全額手にした兄や兄嫁は、“表面上は”母親を大切にしていると元木さんは言う。
「兄夫婦は遺産を相続して間もなく、豪邸を新築したんです。いずれ母も呼ぶつもりだと、母の部屋も作ってくれていました。それですっかり安心していたんですが、一向に母を呼ぶ気配もない。私が帰省している時だけ、兄夫婦は母に優しいんです。私がいなくなると、母のことはほったらかし。兄夫婦はしょっちゅう海外旅行に出かけたり、贅沢な買い物をしたりしているというのに。
実家は古くなって、あちこち手入れをしないといけない状態なんですが、母は兄が呼んでくれるのを待っているようで修理もできない。費用の心配もありますし。まったく、なんのために兄に遺産を相続させたんだか……。お金を先に渡してしまったのは、完全に母の失敗ですね。お金さえあれば、兄夫婦よりも強い立場でいられたし、伯母のように有料老人ホームに入る選択肢もあったでしょう。遺族年金だけじゃ、どうしようもない。これ以上一人暮らしをさせておくのも心配だから、安い施設も探さないといけないと思っています。
年を取るって、嫌ですね。父が亡くなった時は、もう少し生きていてほしかったと思いましたが、今はいい時に亡くなったなと思っています。年取って、惨めな姿を私たちに見せないで死ねたんですからね。私も長生きはしたくないと、しみじみ思います」
金の切れ目は縁の切れ目か、親子でも。いっそはなから財産などなければ、今頃は親子仲良く暮らせていたのだろうか。