介護をめぐる親子・家族模様【第4話】

財産を盗む犯人は、悪徳商法や詐欺ではない――「親の金は自分の金」と思う子ども

2013/01/31 21:00
Photo by IAN Chen from Flickr

 麻生太郎副総理の「さっさと死ねるように」発言が物議を醸している。発言は撤回されたが、終末期の延命治療に関しては麻生サンに共感する声も聞こえてくる。一方、ほぼ同時期に放送されたNHKスペシャル『終の住処はどこに 老人漂流社会』。妻に先立たれ、自分も体調を壊して一人暮らしができなくなった90歳近い男性。数カ月おきにショートステイ(短期入所)をくり返し、ようやく入れる低額の施設が見つかった。「延命措置を希望されますか?」という施設職員の問いに、その男性は即答したのだ。「そうですね。命ある限りは、延命を、お願いします」と。介護や終末期のあり方に、正解はない。というわけで、今回は法律というある種の“正解”を持っている弁護士に話を聞いた。

<登場人物プロフィール>
猪狩光彦(55)弁護士歴30年。東海地方で開業している。バツ1独身

■弁護士・猪狩さんにとっても介護は人ごとではない

 待ち合わせ場所に現れた弁護士の猪狩さんは、いかにも弁護士らしい知的な紳士だ。しかし、開口一番「介護について聞きたいって?介護の案件は儲からないんだよね」……正直な先生だ。「弁護士ってすごく儲かってると思われてるかもしれないけど、それはほんの一部。弁護士も不景気でね。友人の弁護士事務所はボーナスも出なかったらしい」。

 今日は介護についてのお話を聞きたいんですが。

「そうでしたね、介護。僕の親もそういう年代だから、人ごとじゃないんですよね」


 猪狩さんの母親も昨年末に肺炎をこじらせて入院してしまったのだという。

「うち、両親が離婚してるんですよ。僕が弁護士になりたての頃。母親はそれからずっと1人。毎日楽しそうに暮らしていたんだけど、今回倒れていろいろと考えるところがあったのか、面会に行くと僕のことを心配してるの。弁護士も不安定な職業だから、ちゃんと貯金しときなさいとか、老後が心配だからお嫁さんを探しなさいとかね。両親のことを見てる僕が結婚に幻想を抱くわけないのに」

 猪狩さん、それで介護は……?

「ああ、とにかくそういうことだから、これから介護が現実味を帯びてきたなぁと、僕も思ってるわけですよ。父親とはあんまり会ってないし。それでも親だから、何かあったら知らん顔はできないでしょう。認知症にでもなられたらどうしよう、って今から気が重い」

 ようやく本題。猪狩さんの依頼者にも、認知症の人が何人かいるのだという。といっても、裁判に関わっているわけではない。「成年後見人」になっているのだ。成年後見人は、認知症などで判断能力が不十分な人の財産管理や法律行為を代わって行う。認知症の人が騙されて高額のものを買わされる恐れがあったり、自分で通帳の管理ができなかったりする時のために、この成年後見制度がある。


「責任が重くて、仕事も煩雑な割に報酬は大したことない。月数万にしかならないからね」

 それでも、年金で生活している高齢者にとって、毎月数万円を捻出するのは大変だろう。

「成年後見人は不足していて、ボランティア団体も取り組んでいる。でもいくら不足しているからといって、それだけの仕事をボランティアが格安で引き受けて、責任を負えるのかと思いますね」

 猪狩さんが昨年関わった案件も、この成年後見人絡みだった。

■子どもは「親の金は自分の金」と思っている

「お客さんの兄が認知症の母親と同居していたんだけど、同居して2年ほどしかたっていないのに、数千万あったはずの母親の貯金がほぼ全額引き出されていたんですよ。亡くなった父親の遺産がかなりあったみたいなんですけどね。母親はほとんどデイサービスに行っているから、そんな大金を使っているわけがない」

 この兄は母親の成年後見人になりたいと言ったのだが、兄に不信感を持っていた妹―この妹が猪狩さんのお客さんだ―が反対。裁判所が猪狩さんを成年後見人に選任したのだという。成年後見人に親族がなることは少なくない。弁護士などに依頼すると費用も高いから、身近に引き受けてくれる親族―ほとんどは子どもだが―がいればそれに越したことはないだろう。しかしこのケースは、それまでたいして行き来もしていなかった兄が、急に母親と同居して成年後見人にもなるというから、妹は怪しんだようだ。

「そもそも同居したのだって、母親にお金があるから同居したんでしょうね。お金がなかったら同居してるはずがない。今、お年寄りでお金持っている人は持ってますからね。もちろん、ない人は全然ないけど(笑)」

 どうもこの兄には水商売をやっている内縁の妻がいて、そこにかなりのお金をつぎ込んでいたようだという。いくら同居する子どもとはいえ、さすがにそれは窃盗だろう。

「そうです。振り込め詐欺とか、悪徳商法なんてのがよくニュースになるけど、そんな事件なんかよりずっと多いのは、子どもによる親の財産泥棒ですよ。親の通帳やハンコを自分が握って、家を建てる。子どもの学費にする。土地を売る。お金がなくなったら、縁の切れ目。施設に入れて面会にも行かない。振り込め詐欺の方がまだマシなんじゃない? だいたい、子どもは親の金は自分の金と思っていますからね。盗んでいるという意識さえもないのかもしれない」

 で、成年後見人として猪狩さんはどうしたのか。

「その兄に使途を明らかにするように指示しました。場合によっては損害賠償請求すると通告して」

 それは、兄はあわてただろう。

「それがね。通告した直後に母親が亡くなってしまったんです。結局使い道はうやむやのまま、兄と妹の遺産分割問題に移ったというわけ」

 あまりにいいタイミングで亡くなったものだ。猪狩さんも、もちろんその死因に疑いは持ったものの、妹が臨終に間に合ったため不審死ではなかったということに落ち着いたようだ。介護の話を聞いていると、こんな“絶妙なタイミング”ということは、よくある。天の采配なのか、子を思う母心なのか、単に悪運が強いのか。ともかく兄は絶体絶命のピンチを抜け出した。

 結局母親の財産の使途はわからないままということにはなったが、妹としてはその使い込まれたお金を兄の相続する遺産から差し引きたいところだろう。今は双方に弁護士がついて、遺産分割の話し合いの最中だという。

「兄の言い分は容易に想像つきますよ。『母親に頼まれてお金は引き出した。引き出したお金はそのまま母親に渡したから使い道はわからない』。あるいは、『自分が同居すると言ったら、母親が世話になるからと贈与してくれた』。だいたいそんなところでしょう」

 その遺産分割。猪狩さんは関わっていないのだという。

「遺産分割もね、こじれることが多くて手間が大変。こっちは介護したんだから、兄弟より遺産をたくさんもらって当然。いや、お前はその代わりに家を建ててもらってるじゃないか。お互い絶対譲りませんよ。もう二度と昔の関係には戻れなくなるまで徹底的にやるから。成功報酬を受領額の5~10%もらったとしてもね……微妙なところなんですよ」

 親が死んだ後も、親の財産をどれだけ多く取れるかで争う子どもたち。猪狩さんの言うとおり、一番の財産泥棒は、子どもだ。お金を持ちすぎていても、持っていなくても、親って悲しい。

最終更新:2019/05/21 16:10
『詐欺とペテンの大百科』
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